安曇野パストラルユースホステルの極私的日記

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今信州は標高1000~1300mのあたりで紅葉が見ごろとなっています。県内でも指折りの紅葉の名所”松川渓谷”に行ってきました。こちらから2時間弱で行けます。入口にある山田温泉の散歩道を歩きます。(1週30分位)その奥にある八滝を写しましたが(中央の谷筋)よく見えませんね。黄葉した木がほとんどで赤くなる木は少ししかありません。”七味大滝”通行止めの車道+山道を30分くらい歩いた先で眺められます。あまり人がいかないのでクマ除けの鈴を鳴らしながら行きました。渓谷沿いの5か所で温泉が湧いています。これは七味温泉の野天風呂。やや熱めのお湯が流れ込んでいます。貸し切り状態で入りました。300円です。 今週末に予定していたビールを飲む会は中止いたします。残念です。また12月のリンゴジュースづくりと忘年会も中止するつもりでおります。状況がよくなるようでしたら再検討したいとは思っていますが・・・・・GoTo割は使えませんが安曇野市の1000円割引券はまだ残っています。(11月15日まで使えます) 昔は(と昔の話をするのは年寄りの証拠ですが)オペラや声楽曲を対訳と首っ引きで聞いていたものです。ちょっと目を離すとどこの部分なのかわからなかったりすることもしょっ中で面倒なことでした。今はDVDやBRで字幕付きの鮮明な画像で楽しむことができます。ところがここに困った問題が出てきているのです。どういうことかというと“カルメン”というオペラで説明します。主人公ホセは魔性の女カルメンに誘惑され捨てられて挙句の果てにカルメンを殺してしまう、というストーリーです。ここにホセを好いている幼馴染のミカエラという純朴な娘が絡んできます。次男が高校生の時一緒にカルメンの舞台を見ました。舞台に近い席でよく見えました。その時のミカエラは若くて美人、カルメンはふくよかなおばさんが演じていました。どう血迷ってもミカエラが勝つだろ、というところなのですがストーリーは捻じ曲げられません。息子が怒ること怒ること。さてビジュアル時代です。VHS、LD,DVD,ブルーレィとどんどん進化し画像も鮮明、毛穴までくっきりというリアルさです。舞台ならば(僕が座るような)遠くの席なら顔がついているのがわかる程度なのでまあ平気なのですが、映像ではドアップしてくれます。いやはや感情移入が難しいというケースもたくさん、いや時々出てきます。音楽なんだからビジュアルは二の次なんじゃないの?という声が聞こえてきそうですが、僕にとってはその意見は却下です。クラシックの歌い手は世に出るまで長くかかり、うんと早くて20代後半です。加えて映像作品で主役を張るとなればそれなりのキャリアがなければチャンスはありません。蝶々夫人は何歳だと思いますか?15歳です。第3幕は3年後なので18歳、ギャップが出てくるのは当然なのです。(でも男性陣にはそれほど違和感を覚えないのは僕が男だからでしょうか?)オペラは恋愛がらみの話が多くて、出会って一瞬で恋に落ちるというスピーディなストーリー展開が多い。となれば女性は美女か魅力的な女性になってくるはずじゃないですか。(あぁこんなことを言うとおこられるかもしれませんねぇ。)欧米の女性は年齢と体重が相関関係にあるケースが多いみたいです。肺病で死ぬ椿姫が巨漢のおばさんで死んだのは相方のテノール。死因は圧死・・・・という笑い話があるほどです。閑話休題、今夜も気に入ったオペラを見ながら夜更かししようかな。 当代一の人気ソプラノ ネトレブコ 2006年,35歳の時には颯爽として女王様のような椿姫を演じていた・・・・。 ミゲネス=ジョンソン 悪女ふんぷんのカルメンを演じている。(映画仕立てなので見慣れない人には違和感がないかも)誘惑されて捨てられるドン・ホセを演じるのはドミンゴ。今も昔もハンサムです。 やっぱり蝶々さんは日本人が演じてほしい。ラトビアで大村博美さんが歌ったときはうれしかったなぁ。たった一人、海外の歌劇場で歌ってるって、頑張ってる感をひしひし感じませんか?最前列で見たのでよく見えました。オーストリア・メルビッシュ湖上音楽祭でのメリー・ウィドウ。主役3人が美男美女でうれしくなる。メリー・ウィドウはオペレッタなので筋はたわいないけれどすごく楽しめます。特にこの曲は“こうもり”と並ぶ名曲で美しく親しみやすいメロディーが次々と出てきます。極上のエンターティメントです。準主役のヴァランシェンヌを演ずるStarzingerは掛け値なしの美人。メラニー・ホリディは1982年の東京公演で素晴らしいカンカン踊りを披露してくれました。歌って踊れる稀有のスターです。僕はこの人にオペラのすばらしさを教えてもらいました。 7日(月)晴れるとの天気予報を見て勇躍乗鞍岳に登ってきました。家を6時半に出てシャトルバスが発着する乗鞍高原バスセンターまで70分。バスは6時、8時、10時発と2時間おき、往復2600円、駐車場代はただ。予報通りきれいな青空バックに頂上部がくっきり見えています。畳平まで60分、すぐに歩き始めます。鶴が池の向こうに笠ヶ岳(左端)と双六岳、すぐに雲が上がりこちらは頂上部が見えなくなりました。左奥の鋭鋒が槍ヶ岳、右大きく見えるのが奥穂高、吊尾根の先にある前穂は手前の山に隠れています。奥穂~前穂が見えてきました。その右奥のきれいな三角形が常念岳です。30分で肩の小屋につきました。ここまでは車が通れる広い道でしたがこの先は登山道になります。あと60分です。高度を上げるにつれ展望が開けてきます。右から、常念、大天井、前穂奥穂、南、槍、双六(雲)いや~うれしいなぁあと15分くらいで頂上に着きます。御岳が見えないかな、と期待していたのですが雲の中でした。帰りは花を探しながら歩きました。紅葉が始まっているくらいなのにコマクサが咲き残っていてびっくり。花色が濃いのは秋口のせいのようです。トウヤクリンドウ、花が閉じていたのがちょっと残念。イワツメクサ、標高が高いのでこの時期になると咲いてる花がありません。気温は11度くらい、飛騨側から吹き上げてくる風が冷たかった。乗鞍高原へ戻り善五郎の滝へ行ってみました。”せせらぎの湯”小さな湯舟ですが、正真正銘のかけ流し、しかも無料で入れます。 麦草峠に向かう通称メルヘン街道と呼ばれる国道299号線の蓼科高原側、蓼科クライネYHの少し東に素晴らしい渓流が流れています。国道の北側に観光協会案内所がありそこに車を置いて歩きました。まず現れるのは”乙女滝”もっともこの滝は横谷峡にあるのではなくそこへ流れ込む用水が豪快に落ちている人口の滝です。水しぶきが飛んできます。ここから右岸を上流へ向かいます。最初の滝は”霧降の滝”道は車が通れるほどの道幅があります。うっそうとした森林の中の道で涼しい。うまく写せませんが川床が連続する”なめり”のようになっています。こんな規模で続くのはめったにないでしょう。”フシグロセンノウ”50年ぶりに見た。ちょいボケなのが残念。2段になって落ちている”王滝”。この手前から山道をどんどん上ってこの展望台に上がります。沢からはかなり離れました。気持ちのいい道を緩やかに登っていきます。”おしどり隠しの滝” この滝のすぐ横に明治温泉旅館が立っています。(この近くに車を置くこともできます)ここまで100分、ゆっくり歩いたからね。来た道を戻ります。すっくと立っている黄色い花は”オタカラコウ”、白い花は”エゾニュウ”(たぶん)、ピンクは”ツリフネソウ”ツリフエンソウの花は面白い形をしています。こちらは”キツリフネ””クサフジ”花色が濃くてきれいです。これらは高山植物ではなくて単なる野の花ですね。横谷峡は紅葉の時期も歩いてみたい。厳冬期には氷瀑も見られるそうです。 光城山の頂上に画期的な山名同定板が設置されていました。透明なアクリル板に山並みと山名が彫り込まれています。有明山と盤面を一致させれば他の山もばっちりわかります。これは素晴らしいものができました。山頂から車道を5分ほど下ると北回りで下る道の分岐に出ます。緩やかに下の駐車場に至る道です。この先長峰山に行くには車道だけと思っていたのですが歩道があることをベテラン登山者から教えてもらいました。林間の涼しい歩きやすい道でした。車道のために分断されているのでもう一度歩いて分岐のところの写真を撮ってきます。明治以降昭和53年までここが水田になっていたそうです。水がないところだと思っていたのでびっくりです。シロヨメナこれは今日の長峰山頂から(昨日は光城山だけ、今日はこちらにも足を延ばしました)台風の影響か厚く雲がかかり風も強かった。長峰から35分で麓におり、山すそを30分歩いて駐車場に戻りました。 ぐずぐず天気が続いていますが、くすぶってばかりではつまらないので思い切って出かけました。麦草峠からスタートです。標高2120mの峠は国道としては日本第二位の高所を通るということです。高見石のすぐ北にある丸山(2339m)を目指します。北八らしい、苔のカーペットが美しい暗い樹林の中の道です。1時間で高見石到着。今越えてきた丸山を写しました。丸山の頂上は全く展望が効きませんでした。白駒池を見下ろします。高見石小屋の前には学校登山の小学生が群れていました。白駒池までの道もずっと苔むした林床を眺めながら下る道です。モミ・ツガの香りを胸いっぱい吸いながら歩きました。戻ってきた麦草峠の草原にはまだ花が咲き残っていました。ピンクの花はハクサンフウロ、白色の花はイナカギク(ヤマシロギク)マツムシソウシモツケソウおおうれしや、クルマユリを見つけました。ホソバトリカブト、これを見るのは本当に久しぶりです。秋は濃色の花が多いですね。白い花はヤマハハコ、黄色い花はアキノキリンソウ、白い穂になっているのが麦草峠の名の起こりとなっている麦草だと思うけれど正式名称はよくわからない。とにかく一面に広がりその間に他の花が遠慮がちに咲いている、という感じでした。蓼科高原の別荘地で鹿の親子に遭遇、路肩にたたずんでいたので急停止したら道路を横切って行きました。気になっていた御射鹿池(みしゃかいけ)にも寄ってみました。東山魁夷画伯の”緑響く”はここを描いたものといいます。(長野市にある信濃美術館所蔵)もっと幽玄なたたずまいと思っていたのですが、意外に開けた道路わきだったのでびっくりしました。画家が眺めたときは今とは雰囲気が違ったとは思いますが。 相変わらず暑い毎日が続いています。山の上に行って涼しい風に吹かれてみようと八方尾根に行ってみました。上につく頃には雲が湧き頂上部が見られたのはこの時が最後でした。左から遠くに爺が岳、双耳峰の鹿島槍ヶ岳、雲がかかりかけている五竜岳。ピンクの花はタムラソウミヤマタネツケバナ 乾いたところに生育する小さな花です。ツリガネニンジンタカネマツムシソウ 高いところに咲く花は花色が濃いですね。この花を見ると秋が来たな、といつも思います。八方池が見えました。不帰の険も見えています。ここまで65分、いいペースです。水がきれいで波もないので景色がくっきり映ります。池の周囲で休む人が大勢いました。白馬三山はやっぱり雲の中。やっぱり夏の日差しなのでちょっと暑かった。谷からは気持ちの良い風が吹き上げてきたけど。池の向こうの小高い丘のハゲ具合が気になってうちに帰って大昔の写真を引っ張り出してみました。昔語りをお許しください。これは今から55年前 昭和40年の夏の写真です。丘に上がる踏み跡道はいくつもありますが全体が草地でした。人が増えるに従いどんどん裸地化していったのですね。山仲間4人でここでテントを張りました。今だったら逮捕?されますね。キバナノカワラマツバ、この名を覚えるのは難しいかも。ウメバチソウアキノキリンソウとリンドウオオバギボシカライトソウ 時期が遅く本来の色で咲いていたのはこの花だけだった。リフトは風を感じられるので気持ちがいいですね。〆は小日向の湯、日陰がほとんどないので夏は長湯ができません。(女湯は半分くらい屋根があるとのこと)でも汗をかいているのでさっぱりしますね。 日本語では適当な訳が見つからないため原題そのままで呼びならわされています。1850年初演、イタリアの作曲家、マスカーニの出世作かつ代表作です。ゼッフィレッリが映画仕立てで映像化していてシチリアの風景を堪能できるのがうれしい。大好きなプレートルが指揮しているのも二重の喜び。冒頭の合唱”オレンジの花は香り”をはじめとして美しいアリアが次々歌われ緊迫した場面の連続で90分があっという間に過ぎる。終幕近くで演奏される間奏曲はこのオペラを知らない人も一度は耳にしている有名曲です。兵役に行く前恋愛関係にあった女性が帰ってきたら人妻になっていて、しかしよりを戻しそれに嫉妬したいいなづけが相手の夫に告げ口したため知るところとなり,決闘の末死ぬ、というどろどろの筋立てのオペラです。”兵役、決闘”以外は現代でも普通にある話で登場人物たちの行動も違和感なく受け入れられるストーリーです。決闘を申し込むときは相手の耳をかむ、のが慣わしとはシチリアのローカルルールなのでしょうか?主人公は自分の罪を自覚していて「犬のようにあんたに殺される・・・」とつぶやくのは心に残ります。マスカーニのつけた音楽は甘く切なく静謐でストーリーの陰惨さを薄める役割を果たしていると感じます。名曲です。ゼッフィレッリの映画は30年前に作られていますので少し霞がかかったような映像です。でも見ているうちにくすみ具合が物語に合致しているように感じられてきました。オペラになじみがない人でしたら我慢して3回見てください。プレートルが指揮した”間奏曲”です。https://www.youtube.com/watch?v=ykUCfqvnI9I list=RDykUCfqvnI9I start_radio=1 t=47 霧ヶ峰・車山肩にある山小屋です。日本一小さい山小屋と標榜していますがひょっとしたら日本一有名な山小屋でもあるかもしれません。泊まったことがなくてもどんな環境にあってどんな人がやっているのか知っている人は大勢いると思います。ここの小屋主の故手塚宗求さんは十八冊の著作があるのでその愛読者でしたら聖地ともいえるところです。一つ読めば次から次へと読みたくなること請け合いです。僕もその一人でいつか泊まりに、と思っているうちお亡くなりになってしまいました(2012年,享年81歳)。霧ヶ峰の核心部を見渡すテラスで何度かコーヒータイムを過ごしただけです。すぐ近くをビーナスラインの道路が走っていますがこの小屋の建っているところはその音も聞こえず目の前の草原からは歩道に建つ杭と山頂の無人気象台以外の人工物は何一つ眼に入りません。1956年(昭和31年)、24歳!で建てた小屋は10坪にも満たず炊事場も寝室も居室も一つ部屋、手塚さん夫婦もお客さんと同じ部屋で休み、水は下の水場(標高差40m)に600m往復して運び上げた、ということです。水がない位だからもちろん電気もなし。(電気が来たのは31年後)食事の資材は4キロ近く離れた強清水から自ら運び上げたようです。自分の小屋を持てたということで辛さを全く感じなかったとは若さゆえのことではあるのでしょうが手塚さんの人柄なのでしょう。街育ちで登山経験もない奥様もよくこんなところに嫁いできたものだと感心します。 〈11月末の写真。暴風から小屋を守るために植えられた樹木がヒュッテを取り囲むまでに成長しています。右が車山、下った鞍部が車山乗越、その奥に見えるのは蓼科山〉松本縣が丘高校の山岳部で活動し卒業後は2,3の山小屋で小屋番をしたのち霧ヶ峰に小屋を建てられました。好きが高じてというのは私と同じですが、この地を選び覚悟と使命感を持って運営に当たられたのは余人にはできがたいことです。山小屋は登山者の休憩所であり宿泊所です。でも開設当時は強清水と白樺湖の間の唯一の山小屋であったということが示すように、霧ヶ峰を歩く登山者にとって灯台であり避難所であり救護所でもあったのです。霧ヶ峰は樹木も少なく晴天時には遠目が効きますが、霧が出たり荒天となれば特徴のないなだらかな地形が災いしてルートが分からなくなります。手塚さんですら方向を失い数時間もさまよったという経験をお持ちなのです。数々の著作の中では霧ヶ峰の自然、花、動植物などの紹介はもちろん訪れた登山者との交流や軋轢、事件事故の顛末等様々な話題が語られています。一つだけ引用してみます。「人の話を聞く場合記憶のない内容でも相手の人と一体感になるような心のこもった対応は何より大切である。私には何でもない日常の茶飯事が、相手にとっては忘れがたい思い出になっているのだ。」手塚さんが薪割をしていたその光景の記憶を40年近くたっても覚えています、という電話を受けての文章です。「冬の長く寒い夜、それは人の身の上を案じる優しい気持ちの現れだ。ふっとそう思ってくれる人が大勢いる私は、この幸せをまた他の多くの人にも届くようにしなくてはならないと思う」(山--孤独と夜 2001刊より)このように人に対する優しい気持ちを生涯持ち続けたのが手塚さんです。〈ベランダからの眺め、左のピークは蝶々深山〉現在は2代目の手塚貴峰さんがヒュッテを守られています。https://koro-kirigamine.hardrain.rocks/index.html僕は昭和40年(1965)に白樺湖から車山を越えて強清水まで歩いています。その時の写真を引っ張り出してみました。おそらくコロボックルヒュッテの前を通っているはずなのですが残念ながら写真はなし。でも車山の登りから写した写真に小さくヒュッテが写っていました。写真の真ん中四角い建物が白っぽく映っています。3枚の写真をつなげているので画像が小さくなってしまいました。黒い筋になっているのが登山道です。一番下右から左へ延びる道が車山乗越から車山肩(ヒュッテが立つところ)に行く道、別れて左へ延びる道は車山湿原の北側を通って蝶々深山へ向かう道、沢渡へ向かう道はそのまま下ります。今の風景と違うところは歩道に柵がないことと樹木がほとんど見当たらないことです。霧ヶ峰は馬に食べさせる草刈場だったところですが良質の草を得るため火入れをしていました。それをやめたために草原に木が侵入してきたということです。近い将来には草原ではなく森になってしまいます。

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