銀の森のゴブリン

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真紅のthinkingdays広範な映画をご覧になっていて、レビューの内容も充実。たっぷり読み応えがあります。京の昼寝〜♪僕がレンタルで観る映画のほとんどを映画館で先回りしてご覧になっています。うらやましい。映画以外の記事も充実。★☆カゴメのシネマ洞☆★細かいところまで目が行き届いた、とても読み応えのあるブログです。勉強になります。裏の窓から眺めてみれば本人は単なる感想と謙遜していますが、長文の読み応えのあるブログです。なんか飲みたいとてもいい映画を採り上げています。短い文章できっちりとしたレビュー。なかなかまねできません。ぶらぶらある記写真がとても素敵です。映画瓦版単に情報が早いばかりではなく、レビューとしても一級品であるところがすごい。ROTTEN TOMATOES: Movies and Games, Reviews and Previews有名なアメリカの映画情報、批評サイト。いち早く情報をキャッチしたい方におすすめ。中川敬のシネマは自由をめざす!とにかく取り上げている作品がすごい。あっと驚くラインナップ。レビューの質の高さも相当なものです。シスターのお薦めシネマ心温まる映画や優しさに包まれた映画を積極的に評価しようとする姿勢には共感できます。20世紀の館/昔映画の看板を描いていたMOONさんのHP。エッセイストとしても一流。「映画の時代」のコーナーは必読です。源ちゃんの映画見てある記「新作映画の採点表」のコーナーは評価が的確で大いに参考になります。輝国山人 ホームページ韓国映画に関しては最も網羅的なサイト。すごいです。☆CINE VISION+1ホームページ素敵なご夫婦が作っているとても充実したサイトです。地域SNS「おらほねっと」 長野県上田市を中心にした地域SNS。僕の記事は外部公開にしていますので会員でなくても読めます。ゴブリンのつれづれ写真日記写真日記や旅行記だけを集めたゴブリンの別館ブログです。 【新作 マイ・ベスト35】「家族を想うとき」(2019)ケン・ローチ監督、イギリス・フランス・ベルギー 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019)片渕須直監督、日本 「1917 命をかけた伝令」(2019)サム・メンデス監督、イギリス・アメリカ 「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」(2018、ニルス・タヴェルニエ監督、フランス) 「娘は戦場で生まれた」(2019)ワアド・アル=カティーブ、エドワード・ワッツ監督、英・シリア 「オフィシャル・シークレット」(2018)ギャヴィン・フッド監督、イギリス 「ブラック・クランズマン」(2018、スパイク・リー監督、アメリカ) 「人生タクシー」(2015、ジャファル・パナヒ監督、イラン) 「1987、ある闘いの真実」(2017、チャン・ジュナン監督、韓国) 「パラサイト 半地下の家族」(2019、ポン・ジュノ監督、韓国) 「ブレッドウィナー」(2017)ノラ・トゥーミー監督、アイルランド・カナダ・ルクセンブルク 「アヴリルと奇妙な世界」(2015、クリスティアン・デマール、他監督、仏・ベルギー・加) 「ホテル・ムンバイ」(2018)アンソニー・マラス監督、オーストラリア・米・インド △「ベトナムを懐う」(2017)グエン・クワン・ユン監督、ベトナム △「リメンバー・ミー」(2017、リー・アンクリッチ監督、アメリカ) △「マルリナの明日」(2017)モーリー・スルヤ監督、インドネシア・仏・マレーシア・タイ △「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」(2019)タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ監督、米 △「フィッシャーマンズ・ソング」(2019)クリス・フォギン監督、イギリス △「マイ・ブックショップ」(2018、イサベル・コイシェ監督、スペイン・英・独) △「半世界」(2018、坂本順治監督、日本) △「ガーンジー島の読書会の秘密」(2018、マイク・ニューウェル監督、仏・英) △「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」(2018、山田洋次監督、日本) 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019、クエンティン・タランティーノ監督、米) 「記憶にございません!」(2019)三谷幸喜監督、日本 「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」(2016)ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、米 「ペンギン・ハイウェイ」(2018)石田祐康監督、日本 「夜明け告げるルーのうた」(2017)湯浅政明監督、日本 「ウイスキーと2人の花嫁」(2016)ギリーズ・マッキノン監督、イギリス 「The Crossing -ザ・クロッシング- Part II」(2015、ジョン・ウー監督、中国) 「イエスタデイ」(2019)ダニー・ボイル監督、イギリス 「ファヒム パリが見た奇跡」(2019)ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル、仏 「ミッドナイト・ランナー」(2017、キム・ジュファン監督、韓国) 「パブリック 図書館の奇跡」(2018)エミリオ・エステヴェス監督、アメリカ 「鵞鳥湖の夜」(2019)ディアオ・イーナン監督、中国・フランス 「ウルフウォーカー」(2020)トム・ムーア、ロス・スチュワート監督、アイルランド・他 次点「男はつらいよ お帰り寅さん」(2019)山田洋次監督、日本  【旧作 マイ・ベスト65】「街の灯」(1931)チャールズ・チャップリン監督、アメリカ 「炎/628」(1985、エレム・クリモフ監督、ソ連) 「残菊物語」(1939、溝口健二監督、日本) 「八月の鯨」(1987、リンゼイ・アンダーソン監督、アメリカ) 「喜びも悲しみも幾歳月」(1957、木下恵介監督、日本) 「アマデウス」(1984、ミロス・フォアマン監督、アメリカ) 「海の上のピアニスト」(1999)ジュゼッペ・トルナトーレ監督、イタリア・アメリカ 「コールド・フィーバー」(1995)フリドリック・トール・フリドリクソン監督、アイスランド・米 「また逢う日まで」(1950、今井正監督、日本) 「SOSタイタニック」(1958、ロイ・ウォード・ベイカー監督、イギリス) 「タッチ・オブ・スパイス」(2003)タソス・ブルメティス監督、ギリシャ・トルコ 「越境者」(1950)ピエトロ・ジェルミ監督、イタリア 「国境は燃えている」(1965)ヴァレリオ・ズルリーニ監督、イタリア 「阿修羅のごとく」(2003)森田芳光監督、日本 「キューポラのある街」(1962、浦山桐郎監督、日本) 「太白山脈」(1994、イム・グォンテク監督、韓国) 「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2014)トム・ムーア監督、アイルランド・仏・他 「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花特別編」(1997、山田洋次監督、日本) 「あなた、その川を渡らないで」(2014)チン・モヨン監督 韓国 ▽「キリクと魔女」(1990、ミッシェル・オスロ監督、フランス) △「ポー河の水車小屋」(1949)アルベルト・ラトゥアーダ監督、イタリア △「1860年」(1933) アレッサンドロ・ブラゼッティ監督 イタリア △「オリーヴの下に平和はない」(1950)ジュゼッペ・デ・サンティス監督 イタリア △「らくだの涙」(2003)ビャンバスレン・ダヴァー、ルイジ・ファロルニ監督、ドイツ △「わが故郷の歌」(2002)バフマン・ゴバディ監督、イラン △「ウエスタン」(1968)セルジオ・レオーネ監督、イタリア・アメリカ △「アンタッチャブル」(1987)ブライアン・デ・パルマ監督、アメリカ △「裸の町」(1948)ジュールス・ダッシン監督、アメリカ △「らせん階段」(1945)ロバート・シオドマク監督、アメリカ △「明日へ」(2014)プ・ジヨン監督、韓国 △「羅生門」(1950)黒澤明監督、日本 △「お父さんと伊藤さん」(2016)タナダユキ監督、日本 △「祝祭」(1996、イム・グォンテク監督、韓国) △「ミルドレッド・ピーアース」(1945、マイケル・カーティス監督、アメリカ) △「東京家族」(2012、山田洋次監督、日本) △「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995、山田洋次監督、日本) △「男はつらいよ 知床慕情」(1987、山田洋次監督、日本) △「夜空の大空港」(1966、ウィリアム・グレアム監督、アメリカ) △「シマロン」(1931)ウェズリー・ラッグルス監督、アメリカ △「暗殺」(1964)篠田正浩監督、日本 △「最愛の子」(2014)ピーター・チャン監督、中国・香港 △「雨に唄えば」(1952、タンリー・ドーネン、ジーン・ケリー監督、アメリカ) △「アカシアの通る道」(2011、パブロ・ジョルジェッリ監督、アルゼンチン・スペイン) △「ある取り調べ」(2015)村橋明郎監督、日本 △「七小福」(1988、アレックス・ロウ監督、香港) 「ディア・ブラザー」(2010、トニー・ゴールドウィン監督、アメリカ) 「リラの門」(1957、ルネ・クレール監督、フランス) 「緋色の街/スカーレット・ストリート」(1945)フリッツ・ラング監督、アメリカ 「三人の妻への手紙」(1949)ジョセフ・L・マンキウィッツ監督、アメリカ 「巴里祭」(1932)ルネ・クレール監督、フランス 「都会の牙」(1950、ルドルフ・マテ監督、アメリカ) 「見えない目撃者」(2015、アン・サンフン監督、中国) 「吾輩は猫である」(1975、市川崑監督、日本) 「遠い雲」(1955、木下恵介監督、日本) 「ポーラー・エクスプレス」(2004、ロバート・ゼメキス監督、アメリカ) 「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」(1985、山田洋次監督、日本) 「男はつらいよ 寅次郎恋愛塾」(1985、山田洋次監督、日本) 「わたしたち」(2015)ユン・ガウン監督、韓国 「脱出」(1944)ハワード・ホークス監督、アメリカ 「箱根風雲録」(1952)山本薩夫監督、日本 「ションヤンの酒家」(2002)フォ・ジェンチイ監督、中国 「ぜんぶ、フィデルのせい」(2006)ジュリー・ガヴラス監督、イタリア・フランス 「グスコーブドリの伝記」(2012、杉井ギサブロー監督、日本) 「男はつらいよ 寅次郎の縁談」(1993、山田洋次監督、日本) 「脱出」(1944)ハワード・ホークス監督、アメリカ 次点「男はつらいよ 噂の寅次郎」(1979、山田洋次監督、日本)  主演男優 チャールズ・チャップリン「街の灯」 ティム・ロス「海の上のピアニスト」 花柳章太郎「残菊物語」 ホアイ・リン「ベトナムを懐う」 渥美清「男はつらいよ」シリーズ ジョージ・マッケイ「1917 命をかけた伝令」 F.マーリー・エイブラハム「アマデウス」 佐田啓二「喜びも悲しみも幾歳月」 ジャック・ガンブラン「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」 エドワード・G・ロビンソン「緋色の街/スカーレット・ストリート」 クリス・ヒッチェン「家族を想うとき」 永瀬正敏「コールド・フィーバー」 トム・ハルス「アマデウス」 チャールズ・ブロンソン「ウエスタン」 ヘンリー・フォンダ「ウエスタン」 ブラッド・ピット「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」 レオナルド・ディカプリオ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」 佐藤B作「ある取り調べ」 中西良太「ある取り調べ」 エミリオ・エステヴェス「パブリック 図書館の奇跡」 ダニエル・メイズ「フィッシャーマンズ・ソング」 丹波哲郎「暗殺」 キム・ユンソク「1987、ある闘いの真実」 サモ・ハン・キンポー「七小福」 アリョーシャ・クラフチェンコ「炎/628」 ジョン・デヴィッド・ワシントン「ブラック・クランズマン」 ソン・ガンホ「パラサイト 半地下の家族」 ザック・ゴットセイゲン「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」 ハンフリー・ボガート「脱出」 河原崎長十郎「箱根風雲録」 リリー・フランキー「お父さんと伊藤さん」 ジーン・ケリー「雨に唄えば」 アン・ソンギ「太白山脈」 ラフ・ヴァローネ「越境者」 森雅之「風船」 稲垣吾郎「半世界」 橋爪功「妻よ薔薇のように 家族はつらいよ Ⅲ」主演女優 ベティ・デイヴィス「八月の鯨」 リリアン・ギッシュ「八月の鯨」 高峰秀子「喜びも悲しみも幾歳月」 キーラ・ナイトレイ「オフィシャル・シークレット」 エミリー・モーティマー「マイ・ブックショップ」 タオ・ホン「ションヤンの酒家」 ヒラリー・スワンク「ディア・ブラザー」 マーシャ・ティモシー「マルリナの明日」 高峰秀子「遠い雲」 マリー・ラフォレ「国境は燃えている」 エレナ・ヴァルツィ「越境者」 リリー・ジェームズ「ガーンジー島の読書会の秘密」助演男優 エドモンド・オブライエン「夜空の大空港」 キム・ミョンゴン「太白山脈」 キム・ガプス「太白山脈」 東野英治郎「キューポラのある街」 市川好郎「キューポラのある街」 アヌパム・カー「ホテル・ムンバイ」 ビル・ナイ「マイ・ブックショップ」 ジェームズ・ピュアフォイ「フィッシャーマンズ・ソング」 ショーン・コネリー「アンタッチャブル」 藤竜也「お父さんと伊藤さん」 ドナルド・オコナー「雨に唄えば」 西村まさ彦「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」 大沢たかお「ストロベリーナイト」助演女優 オ・ジョンヘ「太白山脈」 エセル・バリモア「らせん階段」 ヴィッキー・チャオ「最愛の子」 オ・ジョンヘ「祝祭」 浅丘ルリ子「男はつらいよ 寅次郎紅の花」「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花特別編」 竹下景子「男はつらいよ 知床慕情」 蒼井優「妻よ薔薇のように 家族はつらいよ Ⅲ」 小池栄子「記憶にございません!」 ジュリアン・ムーア「キングスマン:ゴールデン・サークル」 木村佳乃「阿修羅のごとく」 ヴァレリア・モリコーニ「国境は燃えている」  「エセルとアーネスト ふたりの物語」(2016)ロジャー・メインウッド監督、イギリス 「越境者」(1950)ピエトロ・ジェルミ監督、イタリア 「国境は燃えている」(1965)ヴァレリオ・ズルリーニ監督、イタリア 「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2014)トム・ムーア監督、アイルランド・仏・他 「ポー河の水車小屋」(1949)アルベルト・ラトゥアーダ監督、イタリア △「1860年」(1933) アレッサンドロ・ブラゼッティ監督 イタリア △「オリーヴの下に平和はない」(1950)ジュゼッペ・デ・サンティス監督 イタリア △「シマロン」(1931)ウェズリー・ラッグルス監督、アメリカ △「ある取り調べ」(2015)村橋明郎監督、日本 △「ウイスキーと2人の花嫁」(2016)ギリーズ・マッキノン監督、イギリス 「愛と殺意」(1950)ミケランジェロ・アントニオーニ監督 イタリア 「パリ猫ディノの夜」(2010)アラン・ガニョル、他、監督、フランス 「トンネル 闇に鎖された男」(2016)キム・ソンフン監督、韓国 ▽「わが青春のフロレンス」(1970)マウロ・ボロニーニ監督、イタリア 「トスカーナの幸せレシピ」(2018)フランチェスコ・ファラスキ監督、イタリア 「白い船」(1941)ロベルト・ロッセリーニ監督、イタリア 主演男優 5 佐藤B作「ある取り調べ」 中西良太「ある取り調べ」 ラフ・ヴァローネ「越境者」 4 ヴィニーチョ・マルキオーニ「トスカーナの幸せレシピ」 ラフ・ヴァローネ「オリーヴの下に平和はない」 リチャード・ディックス「シマロン」主演女優 5 マリー・ラフォレ「国境は燃えている」 エレナ・ヴァルツィ「越境者」 4 ルチア・ボゼー「愛と殺意」助演男優 4 ルイジ・フェデーレ「トスカーナの幸せレシピ」助演女優 5 ヴァレリア・モリコーニ「国境は燃えている」 4 レア・マッセリ「国境は燃えている」 アイリーン・ダン「シマロン」 ルチア・ボゼー「オリーヴの下に平和はない」   コスミック出版から出ている廉価版DVD BOXシリーズが凄い。何といってもまず安い。10枚組で1900円前後。アマゾンで中古があれば1000円を切ることも珍しくはない。1枚当たり数十円から高くても200円を切るのだから破格の安さだ。かつてDVDの出初めに廉価版も大量に出回ったが、それでも500円はしたと思う。  そして何より驚くのはその画質の良さだ。1930年代から60年代頃の作品が多いが、デジタル修復がしっかりなされていて傷一つない。これには感心した。かつての廉価版とは雲泥の差だ。ひところデジタル・リマスターという言葉が良く使われたが、今はめったに聞かなくなった。それだけ当たり前になってきたと言うことだろう。しかしこれは大変な作業だ。映画を単なる使い捨ての商品とみなしていたならば、特に古い作品の場合、これほど手間をかけてデジタル化はしないだろう。日本映画のデジタル化があまり進まないことを考えれば、この廉価版の画質の良さには感動すら覚える。映画を文化遺産と考えていなければできないことだからだ(アメリカの場合は基本的に商品扱いだろうが、その製品管理は日本など遠く及ばないくらい徹底している)。特に古典的作品はその制作国だけではなく、世界の文化遺産と言っても良い。古いフィルムは劣化が進んでおり、保存も難しいのでデジタル化が急務である。  昔のセルロイド製のフィルムは可燃性で保存に大変気をつかわねばならない。オランダ視聴覚アーカイヴの可燃性フィルム保存庫は海辺の砂丘地帯の窪地にある。第二次大戦中にナチス・ドイツ軍のトーチカとして建設されたものをフィルム保存庫に改造したのである。保存庫は、職員が働いている隣室とは反対側の壁を比較的弱くしてあり、「最悪の事態」が生じた時にはそちらへ爆風が逃げてゆく構造になっている。トーチカを選んだのはそれが頑丈だからだが、周りに人家が少ないことも考慮に入れていたのだろう。これに比べたら日本の文化政策の貧困さは目を覆いたくなるほどだ。年配の方ならば1984年9月3日に起きた旧国立フィルムセンターの火災を記憶しているだろう。その日は9月にしては比較的涼しい日だったのだろう、フィルム保管庫のクーラーを止めていたところ可燃性フィルムが自然発火してしまった。予算をケチって、クーラーを止めたために多くの貴重なフィルムを消失してしまったのである。この火事はまさに日本における映画文化の貧困さを象徴していた。  話が少しそれてしまったので、元に戻そう。この廉価版DVD BOXシリーズが推奨に値する3つ目の理由はそのラインナップの豪華さである。10枚組のDVD BOXシリーズが200セット以上ある。圧倒的にアメリカ映画が多いのだが、フランス映画とイタリア映画も充実している。今手元にあるのは「イタリア映画コレクション 越境者」、「イタリア映画コレクション ミラノの奇蹟」、「フランス映画パーフェクトコレクション フィルム・ノワール 暗黒街の男たち」、「サスペンス映画コレクション 名優が演じる裏切りの世界」、「サスペンス映画コレクション 名優が演じる犯罪の世界」の5セットだけだが、少なくともあと20セットは買いたい。じっくり調べればさらに買いたいセットが次々と出て来るだろう。アメリカ映画の場合はすでに持っているものとかなり重なるのが難点だが、このシリーズにしか入ってない作品も少なからずあると思う。たとえ重なってもこの値段と画質なら重なっても惜しくない。  ただ残念なのはアメリカ映画、フランス映画、イタリア映画以外はほとんどないことである。日本映画も数セットしかないし、そのほとんどはすでに持っているものだ。日本映画の古典なら、小津や黒沢や溝口等の有名監督を除いても、まだ10セットくらいあっても良いくらいだ。イタリア映画もさらに3セットくらい欲しい。更に欲を言えば、ソ連映画、ドイツ映画、中国と韓国映画も欲しい。ソ連映画やドイツ映画の古典はそれなりにDVD化されているが、中国映画と韓国映画の古典はほぼないに等しい。60年代から80年代だけでも5、6セット欲しい。スペイン映画の古典もせめて2セットくらいは出してほしいものだ。スペイン映画人たちはファシストのフランコ独裁政権下の厳しい検閲の中でも少なからぬ傑作を作ってきたのだ。そのほとんどが日本では知られていない。  最後はないものねだりになってしまったが、今あるものだけでも大変なお宝が満載である。まずは下記のサイトをご覧あれ。 コスミック出版・DVDコーナーのURLhttps://www.cosmicpub.com/products/list.php?category_id=16 orderby=date   【新作映画】公開日12月18日 「この世界に残されて」(バルナバーシュ・トート監督、ハンガリー)12月25日 「GOGO 94歳の小学生」(パスカル・プリッソン監督、フランス) 「ジョゼと虎と魚たち」(タムラコータロー監督、日本) 「ソング・トゥ・ソング」(テレンス・マリック監督、アメリカ) 「AWAKE」(山田篤宏監督、日本) 「えんとつ町のプペル」(廣田裕介監督、日本)℃1月1日 「Swallowスワロウ」(カーロ・ミラベル・デイヴィス監督・米・仏)1月8日 「大コメ騒動」(本木克英監督、日本) 「ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画」(ジャガン・シャクティ監督、インド) 「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」(エイプリル・ライト監督、米) 「チャンシルさんには福が多いね」(キム・チョヒ監督、韓国) 「おとなの事情 スマホをのぞいたら」(光野道夫監督、日本)1月15日 「パリの調香師 しあわせの香を探して」(グレゴリー・マーニュ監督、フランス) 「43年後のアイ・ラヴ・ユー」(マーティン・ロセテ監督、スペイン・米・仏) 「アンチ・ライフ」(ジョン・スーツ監督、カナダ) 「キング・オブ・シーヴズ」(ジェームズ・マーシュ監督、イギリス) 「聖なる犯罪者」(ヤン・コマサ監督、ポーランド・フランス)【新作DVD・BD】レンタル開始日12月23日 「ジェクシー!スマホを変えただけなのに」(ジョン・ルーカス、他、監督、アメリカ)1月6日 「チア・アップ!」(ザラ・ヘイズ監督、アメリカ) 「盗まれたカラヴァッジョ」(ロベルト・アンドー監督、フランス・イタリア) 「リトル・ジョー」(ジェシカ・ハウスナー監督、オーストリア・英・独) 「シチリアーノ 裏切りの美学」(マルコ・ベロッキオ監督、伊・仏・ブラジル・独) 「白い暴動」(ルビカ・シャー監督、イギリス) 「クライマーズ」(ダニエル・リー監督、中国)1月8日 「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(アグニェシュカ・ホランド監督、ポーランド・英・他) 「ハニーボーイ」(アルマ・ハレル監督、アメリカ) 「ラ・ヨローナ ~彷徨う女~」(ハイロ・ブスタマンテ監督、グアテマラ) 「TENET テネット」(クリストファー・ノーラン監督、アメリカ)1月15日 「ディヴァイン・フューリー/使者」(キム・ジュファン監督、韓国)1月20日 「カセットテープ・ダイアリーズ」(グリンダ・チャーダ監督、イギリス) 「SKIN / スキン」(ガイ・ナティーヴ監督、アメリカ) 「パブリック 図書館の奇跡」(エミリオ・エステヴェス監督、アメリカ)1月22日 「プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵」(フランシス・アナン監督、英・オーストラリア)1月27日 「青くて痛くて脆い」(狩山俊輔監督、日本)2月3日 「グッド・ワイフ」(アレハンドラ・マルケス・アベヤ監督、メキシコ) 「ヒットマン エージェント:ジュン」(チェ・ウォンソプ監督、韓国) 「ポルトガル、夏の終わり」(アイラ・サックス監督、フランス・ポルトガル) 「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」(マウロ・リマ監督、ブラジル) 「宇宙でいちばんあかるい屋根」(藤井道人監督、日本) 「ソワレ」(外山文治監督、日本)2月5日 「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」(ジョー・タルボット監督、米)2月12日 「スペシャルズ!~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話」(エリック・トレダノ監督、フランス)2月17日 「ペイン・アンド・グローリー」(ペドロ・アルモドバル監督、スペイン)【旧作DVD・BD】発売日12月23日 「アイガー北壁」(2008)フィリップ・シュテルツェル監督、独・オーストリア・スイス12月25日 「金綺泳 (キム・ギヨン)傑作選 BOX」(60~90、キム・ギヨン監督、韓国) 収録作品:「下女」「玄界灘は知っている」「高麗葬」「水女」「火女」 「キング・ヴィダー」(31~52、キング・ヴィダー監督、アメリカ) 収録作品:「街の風景」「シナラ」「南海の劫火」「東は東」「ルビイ」1月8日 「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990、ケヴィン・コスナー監督、アメリカ)1月20日 「さびしんぼう」(1985、大林宜彦監督) 「HOUSE ハウス」(1977、大林宜彦監督) 「テス」(1979、ロマン・ポランスキー監督、英・仏)1月27日 「ディア・ドクター」(2009、西川美和監督)2月17日 「ペドロ・アルモドバル Blu-ray BOX」(87~99、ペドロ・アルモドバル監督、スペイン) 収録作品「神経衰弱ぎりぎりの女たち」「オール・アバウト・マイ・マザー」「アタメ」「キカ」*色がついているのは特に注目している作品です。    「カリガリ博士」(1919) ロベルト・ヴィーネ監督「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1921)F.W.ムルナウ監督「死滅の谷」(1921) フリッツ・ラング監督「ドクトル・マブゼ」(1922) フリッツ・ラング監督「最後の人」(1924) F.W.ムルナウ監督「ニーベルンゲン/ジークフリート」(1924) フリッツ・ラング監督「ヴァリエテ」(1925) E.A.デュポン監督「アクメッド王子の冒険」(1926) ロッテ・ライニガー監督「メトロポリス」(1926) フリッツ・ラング監督「パンドラの箱」(1929)ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト監督「嘆きの天使」(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督「M」(1931) フリッツ・ラング監督「會議は踊る」(1931) エリック・シャレル監督「制服の処女」(1931) レオンティーネ・サガン監督、仏・独「こわれ瓶」(1936) グスタフ・ウチツキ監督「民族の祭典」(1938) レニ・リーフェンシュタール監督「罠 ブルーム事件」(1948) エーリッヒ・エンゲル監督(東独)「菩提樹」(1956) ヴォルフガング・リーベンアイナー監督「朝な夕なに」(1957) ヴォルフガング・リーベンアイナー監督「野バラ」(1957) マックス・ノイフェルト監督「橋」(1959) ベルンハルト・ヴィッキ監督「忘れな草」(1959) アルツール・マリア・ラーベナルト監督「アギーレ/神の怒り」(1972) ヴェルナー・ヘルツォーク監督「カスパー・ハウザーの謎」(1975) ヴェルナー・ヘルツォーク監督「歌う女歌わない女」(1977) アニエス・ヴァルダ監督「秋のドイツ」(1978) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、アルフ・ブルステリン、他「ノスフェラトゥ」(1978) ヴェルナー・ヘルツォーク監督「獄中のギュネイ」(1979) H.シュテンペル、M.リプケンス監督「ブリキの太鼓」(1979) フォルカー・シュレンドルフ監督「マリア・ブラウンの結婚」(1979) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督「ドイツ・青ざめた母」(1980)ヘルマ・サンダース=ブラームス監督「Uボート」(1981)ウォルフガング・ペーターセン監督「ベロニカ・フォスの憧れ」(1982)ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督「フィツカラルド」(1982)ヴェルナー・ヘルツォーク監督、西ドイツ・ペルー「パリ、テキサス」(1984) ヴィム・ヴェンダース監督「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984) ジム・ジャームッシュ監督「ダウン・バイ・ロー」(1986) ジム・ジャームッシュ監督、アメリカ・西ドイツ「ビヨンド・サイレンス」(1996) カロリーヌ・リンク監督「ベルリン・天使の詩」(1987) ヴィム・ヴェンダース監督「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997) トーマス・ヤーン監督「ラン・ローラ・ラン」(1998) トム・ティクヴァ監督「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999) ヴィム・ヴェンダース監督、独・米・仏・キューバ「マーサの幸せレシピ」(2001) サンドラ・ネットルベック監督「名もなきアフリカの地で」(2001) カロリーヌ・リンク監督「グッバイ・レーニン!」(2003) ヴォルフガング・ベッカー監督「らくだの涙」(2003)ビャンバスレン・ダヴァー、ルイジ・ファロルニ監督「ヒトラー 最期の12日間」(2004) オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督「天空の草原のナンサ」(2005) ビャンバスレン・ダヴァー監督「善き人のためのソナタ」」(2006) フロリアン・ドナースマルク監督「アイガー北壁」(2008)フィリップ・シュテルツェル監督、独・オーストリア・スイス「アンノウン」(2011)ジャウマ・コレット=セラ監督、ドイツ・アメリカ「さよなら、アドルフ」(2012)ケイト・ショートランド監督、オーストラリア・独・英「ハンナ・アーレント」(2012)マルガレーテ・フォン・トロッタ監督、独・仏・他「東ベルリンから来た女」(2012)クリスティアン・ペツォールト監督「消えた声が、その名を呼ぶ」(2014)ファティ・アキン監督、独・仏・伊・トルコ、他「帰ってきたヒトラー」(2015)ダーヴィト・ヴネント監督、ドイツ「女は二度決断する」(2017)ファティ・アキン監督「生きうつしのプリマ」(2016)マルガレーテ・フォン・トロッタ監督 僕が集中的に映画を観始めたのは70年代初めだが、そのころドイツ映画を観ることはめったになかった。当時はほとんどテレビで映画を観ていたが、テレビで放映されるのは圧倒的にアメリカ映画が多く、他にフランス映画やイタリア映画が混じる程度だった。日本映画ですら時代劇を除けば滅多に放送されなかった。70年代初めに僕がテレビで観たドイツ映画といえば「朝な夕なに」、「野バラ」、「忘れな草」のようなおとなしい、ややかしこまった映画がほとんどだった。 ドイツ映画は「黄金の20年代」と呼ばれる1920年代に一連の名作群を生み出し、アメリカと並ぶ当時の最高水準にあったと言って良いだろう。「黄金の20年代」というのはドイツ史で言えばワイマール共和国時代(1919-1933)に相当する。第1次世界大戦と第2次世界大戦間の時代で、ナチスの台頭により終焉を迎えた。ワイマール憲法は当時としては極めて民主的な内容を持ち、自由主義的、民主主義的共和国の建設を目指していた。しかし二つの世界大戦に挟まれたこの時代はインフレと貧困に悩まされる不安の時代でもあり、退廃的なムードが巷に沈殿していた。その時代に美術界に生まれたのが表現主義であり、映画界にもドイツ表現主義映画と一般に呼ばれる映画が出現し、盛んに映画が製作されドイツは映画大国となった。 しかしこの時代のドイツ映画を表現主義映画一色とみなしてはいけない。この時代のドイツ映画をドイツ文化センターがまとめた冊子「ドイツの映画史 社会批判リアリズム映画 サイレント映画からトーキーへ」という資料を基に概観しておこう。表現主義映画は1925年ごろを境に退潮してゆき、代わってリアリズム的な映画が台頭した。新即物主義と呼ばれる作品群やソ連のアヴァンギャルド映画に触発されたプロレタリア・リアリズム映画である。新即物主義映画の代表はヴィルフリート・パッセ監督の「ベルリンの市場」(1929)。プロレタリア・リアリズム映画を代表するのはスラタン・ドゥートフ監督の「クーレ・ワンペ」(1932)。脚本担当者の一人はベルトルト・ブレヒトである。30年代初めのワイマールの混乱した状況をとらえた貴重なドキュメントである。もちろんリアリズム的映画にも様々な作風があり、これらの映画の一部はベルリンの貧民街を独特の哀愁をこめて描いたベルリンの郷土画家、ハインリヒ・ツィレの名前を取って「ツィレ映画」と呼ばれた。ゲールハルト・ランブレヒトの「第五階級」(1925)がその代表作である。あるいはブルーノ・ラーン監督の「街の悲劇」(1927)のような「街路映画」も1930年ごろまで多く作られた。中産階級の人々が単調な日常生活を抜け出し、大衆が群がる都会の街路の喧騒に引かれてゆくというタイプの映画だ。 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が1980年に「ベルリン・アレクサンダー広場」というテレビ用シリーズ映画を製作した。同じアルフレート・デーブリーンの原作を映画化した映画が1931年にも作られている。ピール・ユッツィ監督の「ベルリン・アレクサンダー広場」である。ピール・ユッツィ監督はプロレタリア映画作家で、この映画はシネマ・ヴェリテ的趣があった。あるいはドイツ時代のロバート・シオドマクが監督しビリー・ワイルダーが脚本を書いた(共にこの映画で映画人としてデビューした)「日曜日の人々」もこの時代を代表する作品として記憶に値する。北ドイツ放送「NDR」が発表した「ドイツ映画ベスト100」で99位にランクインされた作品である。都会のサラリーマン生活の哀歓を描きながらも、小市民的メロドラマには堕していない作品だという。「ドイツの映画史 社会批判リアリズム映画 サイレント映画からトーキーへ」からの紹介はこの辺にしておくが、これらの作品が今日DVDやBDで入手困難というのは残念なことである。いつかワイマール時代のドイツ映画BOXセットが発売されることを切に願う。 ワイマール共和国時代はしかしナチスの台頭によって終焉を迎えるが、同時にドイツ映画の黄金時代も終わりを告げる。才能あるユダヤ人や反ナチスの映画人が海外に(特にアメリカ)亡命したために、30年代後半から60年代にかけてのドイツ映画は見る影もなく衰退してしまったのである。テレビでドイツ映画が滅多に放送されなかったのはそういう事情だった。 僕が名作と呼べるドイツ映画に接したのは73年に東京の大学に入ってからである。京橋の国立フィルムセンター(現在の国立映画アーカイブ)で73年10月から12月にかけて「1930年代ヨーロッパ映画特集」という特集が組まれ、全部で17本観たがその中の3本が「會議は踊る」、「制服の処女」、「こわれ瓶」などのドイツ映画だったのである。高校生の時に映画史を読みふけり名前だけ知っていた作品が何本も観られたのだから、夢中で通ったものだ。この時初めてドイツ映画の水準の高さを実感したのである。 その後だいぶ時間が空いて、次にまとめてドイツ映画を観たのは84年である。高田馬場にあったACTでドイツ表現主義のサイレント映画「カリガリ博士」、「ジーグフリート」、「ヴァリエテ」を観た。偶然かもしれないがほぼ時を同じくして赤坂の東ドイツ文化センターで「スクリーン上のデーモン――表現主義の影」という特集が組まれていて、そこで「巨人ゴーレム」と「ドクトル・マブゼ」を観ている。ここへは後に『ドイツ映画の黎明――「三文映画」と「作家映画」』という特集が組まれたときも観に行っている。これもめったに観られない貴重な企画だった。 それ以降はドイツ映画をよく見るようになった。70年代から才能ある新しい監督たちが活躍し始め、それらの傑作群が80年代中ごろから日本にどっと入ってきたのである。これらの新しいドイツ映画はニュー・ジャーマン・シネマと呼ばれるようになった。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(「マリア・ブラウンの結婚」、「ベロニカ・フォスの憧れ」)、ヴェルナー・ヘルツォーク(「フィツカラルド」、「アギーレ・神の怒り」)、ヴィム・ヴェンダース(「パリ・テキサス」)、フォルカー・シュレンドルフ(「ブリキの太鼓」)、ヘルマ・サンダース=ブラームス(「ドイツ 青ざめた母」、「エミリーの未来」)などがその代表的な監督たちである。これらの新しい映画とは別に古典も観る機会があった。85年の3月にユーロスペースで「死滅の谷」、「ジークフリート」、「最後の人」などのサイレント時代の傑作を観ている。 90年代はやや失速した感があったが、2000年代に入って少し盛り返してきた感じだ。しかしさすがに70年代医から80年代にかけての勢いはない。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督やファティ・アキン監督以外は今一つパッとしない。新しい才能が出てきて何とかかつての勢いを取り戻してほしいものだ。 最後に珍しいドイツのテレビ・ドラマを紹介しておきたい。「ジェネレーション・ウォー」(2013)という誤解を招くようなタイトルが付けられているが、第二次世界大戦をドイツ側から描いた傑作ドラマである。映画では「橋」や「Uボート」が有名だが、これらの名作に劣らない素晴らしい出来だ。迷わず満点の5点を献上した。機会があればぜひ観てほしい。関連記事「ドイツ映画ベスト100」  ジョーゼフ・コンラッド『闇の奥』:帝国主義と文学 19世紀末は「新しい女」が登場した時代であり、世紀末のアヴァンギャルド(前衛)芸術が生まれた時代であるとともに、帝国主義の時代でもあった。【帝国の時代】・E.J.ホブズボーム『帝国の時代 1875-1914』(みすず書房)より 1875年から1914年にかけての時代は、新しい型の帝国主義を発展させたという理由からだけではなく、それよりずっと古めかしい理由から、帝国の時代と呼ぶことができよう。おそらくこの時代は、自らを公に「皇帝」と称したり、西欧の外交官が「皇帝」の称号にふさわしいと考えた国家元首の数が、近代世界史の中で一番多かった時代である。 われわれが論ずる時代は、かなり重要な意味で、明らかに新しい型の帝国の時代、植民地時代である。...1880年から1914年の間に...ヨーロッパとアメリカ大陸を除く世界の大半が、一握りの国々のうちのいずれかの公式の統治もしくは非公式な政治的支配の下に置かれる領土として、正式に分割された。一握りの国々とは主に、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、アメリカ合衆国、日本であった。【帝国意識】・北川勝彦、平田雅博編『帝国意識の解剖学』(1999年、世界思想社)より<第1章 イギリス帝国主義と帝国意識(木畑洋一)> 筆者が考える帝国意識とは、以下のようなものである。 帝国意識とは、他民族に対する帝国主義支配を支え正当化する意識-心情であって、その中核をなしたのは、世界政治の中で力を有し地球上の他民族に対して強大な影響力を及ぼす帝国支配国に自分が属しているという意識であり、それは、自国に従属している民族への人種的差別感に基づく侮蔑感と自民族についての優越感とによって支えられていた。1 帝国意識の構成要素 帝国意識はさまざまな要素を含んでいたと考えられるが、その中心には民族的な差別意識が位置していた。民族的差別意識のそのまた核になるものが人種主義であった。 異なる人種の間での優劣感覚を伴う差異意識の存在は、歴史上いたるところでみられたとしても、それが体系だった形をとったのはおおよそ18世紀の後半であったといってよい。イギリスにおける黒人差別の歴史について浩瀚な研究を著したフライアは、その頃までの人種偏見とそれ以降に展開を始めた人種主義の違いを、迷信とドグマの違いにたとえている。非合理的で漠然とした人種偏見にとって代わって(というよりも、そのような要素は依然として強く残るためそれに加えてと表現した方が適当だろう)、身体の各部の特徴など「科学的」に観察しうる差異を伴う人種の相違によって人間としての発展能力がはっきり違う「すぐれた」人種と「劣った」人種とが生み出されていると見る「科学的人種主義」が、この頃から唱えられはじめたのである。(27) 人種主義に基づく、進歩-停滞、文明-野蛮、成熟-幼稚、成人-子どもといった対比が、帝国主義の言説のまさざまな局面で用いられたのである。(28) 帝国主義の要素として次に指摘すべきは、大国主義的ナショナリズム、愛国主義である。大国国民としての愛国主義は、排他的・好戦的な愛国主義であるジンゴイズムに容易に転化し、戦争に際しては「国と国王のために」戦う姿勢を人々の間に広範に生み出していった。 民族的優越感と大国主義的ナショナリズムが結び付いた所で、「帝国主義」は「文明化の使命」感を育んでいくことになる。優越した位置にある自分たちが、大国イギリスの庇護のもとにある植民地や勢力圏内の人々に、文明の恩恵を与えていき、彼らを文明の高みに、あるいはそれに近いところまで引き上げる営みを行っているのだ、という感覚である。「白人の責務」をうたった有名なキプリングの詩句であらわされるこの意識は、帝国支配の正当化の上で、 常に重要な役割を果たした。第一次世界大戦後、民族自決思想の登場に対抗する形で、植民地統治の理念として強調されるようになった「信託統治」の考え方(自立に必要な資質や条件が整っていない植民地住民について、自立しうる段階までの「進歩」を植民地統治によって保証していく責任が植民地統治国に課せられている、との考え方)も、この「文明化の使命」論の延長に他ならなかった。(30) 2 帝国意識を涵養した諸装置 ジョージ・オーウェルが、「イギリス人は帝国について偽善的であるというが全くその通りである。労働者階級の場合、この偽善は帝国の存在を知らないという形をとる」と述べているのは、この点できわめて鋭い観察であったといえる。(31) キプリングの小説や詩、ヘンティの少年向け小説、大衆新聞『デイリー・メイル』の帝国報道などが、その代表である。文字印刷物の中でも、歴史や地理をはじめとする教科書は、学校教育の場で帝国意識を育む手段となった。このような教科書や、帝国賛美の訓辞などを媒介に、学校教育はその種々の局面で帝国意識浸透の場となっている。(32) 3 帝国意識の機能 帝国意識の機能として今一つ重視したいのは、それが帝国主義国――ここではイギリス――の人々のナショナル・アイデンティティを凝固させ強化する上で大きな役割を果たした点である。...イングランドとは異質なエスニックな条件(アングロ・サクソン系を主体とするイングランドに対し、スコットランドやウェールズではケルト系の人々が住民の軸となってきた)と、自立した地域としての歴史的前提(ウェールズのイングランドとの合同は16世紀に起こり、スコットランドの合同は18世紀始めに起こった)を有するこういった地域の人々が、それぞれスコットランド人やウェールズ人としてのアイデンティティとならんでイギリス人としてのアイデンティティをも備えたのは、大きな帝国をかかえる強国として発展をとげる国家に自分たちも属しているという感覚が育まれたゆえであった。イギリス人のナショナル・アイデンティティについてすこぶる魅力的な研究を行っているリンダ・コリーは、プロテスタンティズムと対仏戦争という要因とともに、帝国の存在が18世紀から19世紀初めにイギリス人というアイデンティティを生み出していったと論じている。(35-6) 帝国意識は帝国主義国内のエスニックなあるいは地域的な多様性からくる差異感覚を覆い隠す機能を有したが、それと同時に階級に関わりなく帝国主義国の国民に幅広く共有されることによって、国内の階級間、階層間の対立意識の緩和を助け、国内統合を支える機能ももっていた。...この点ではとりわけ労働者階級の中にも帝国意識が広がっていたことに特に着目する必要があろう。(37) 4 帝国意識の通時的変化 19世紀前半から半ばにかけては、いわゆる「自由貿易帝国主義」の時代であるが、この頃...人々の間に広がっていったのは帝国意識であった。... 帝国意識を涵養するためのさまざまな道具立ても、この時代にはそろってくる。たとえば、初等教育体制の整備、マスメディアの発達(『デイリー・メイル』など労働者階級が手軽に購入しうる安価な新聞が登場し、帝国意識の鼓吹によって販売部数を伸ばした)、万国博覧会の開催、等々である。王政の機能も、帝国意識との関連で新たに重視されるようになった。...「文明化の使命」論という帝国統治の論理が明確に押し出されるようになるのである。(44-5) 第一次世界大戦は、帝国主義の時代の到達点であったと同時に脱植民地化の出発点としての性格も持っていた。とりわけ、イギリス帝国の柱ともいえるインドでは、第一次世界大戦以降、民族独立をめざす運動の著しい伸長がみられた。(45) 広大な帝国保有と結びつくようなナショナル・アイデンティティの方も、第一次世界大戦後から若干の揺るぎをみせはじめた。帝国意識は脱植民地化を経過してもまだ残存している。1982年のフォークランド戦争に際しては、帝国意識のあらわな形での活性化が見られた。また民族・人種差別意識は、旧イギリス帝国内諸地域からの移民が1950年代後半以降大量に流入してくることによって、イギリスの国内で機能するようになってきた。(46-7) <第2章 英国文学にみる帝国意識の生成と崩壊(小泉允雄)> 特に1980年代から、この系譜の文学[インド・東南アジアもの]がliterature of imperialism(帝国主義についての文学)として英国、米国で注目され、その研究がさかんになっている。その背景には、帝国主義がたんに政治・経済にかかわる事象であるにとどまらず、人間の文化や意識の問題であるという認識が高まったことがあるのだろう。 この系譜の文学の流れは時代とともにこのイメージがどう変わったかを私たちに示すだろう。先に憧れや恐怖と書いたが、おおまかにいって当初英国人にとってのインド・東南アジアのイメージ――大きくいってヨーロッパが描いた非ヨーロッパ世界の像――は、神秘、不可思議、冒険、奇蹟などの憧れの情緒に彩られていた。その神秘イメージは今日の文学にも残るものの、19世紀末からの帝国主義時代には、遅れた南の世界の停滞や汚濁という恐怖のイメージがそこに加わり、むしろそれが主流となる。同じように登場するヨーロッパ人の姿も変わる。当初はロビンソン・クルーソーのような冒険者が中心であった世界が、帝国主義時代に入ると、「遅れたもの」を導き、統治するというやっかいな使命を帯びたものたちの世界となる。そしてそれも末期に近づくと、この系譜の作品の登場人物は、帝国主義への疑念や批判をかくさない。かつて当然のこととして書かれた白人の矜持や差別意識はきびしく批判されたり笑われたりして、それは戦後から今日までのこの系譜の作家たちにも引き継がれる。(55) 第三に、このインド・東南アジアものの系譜が描きつづけたのは、植民者たちが南の国で作っていた白人社会の姿である。(55)【帝国主義の文学】・帝国主義文学の代表作リスト1901 Kim (Rudyard Kipling)1902 Heart of Darkness (Joseph Conrad) 『闇の奥』(岩波文庫)1904 Nostromo (Joseph Conrad) 『ノストロモ』(筑摩書房)1924 A Passage to India (E.M.Forster) 『インドへの道』(筑摩書房)1926 Casuarina Trees (Somerset Maugham) 『カジュアリーナ・トリー』(ちくま文庫)1934 Burmese Days (Goerge Orwell) 『ビルマの日々』1936 Shooting an Elephant (Goerge Orwell) 『象を撃つ』(平凡社)【ジョーゼフ・コンラッド『闇の奥』】(1)ジョーゼフ・コンラッド(1857-1924)著作年表1896 An Outcast of the Islands 『文化果つるところ』(角川文庫)1897 The Niggar of the‘Narcissus' 『ナーシサス号の黒人』(筑摩書房)1900 Lord Jim 『ロード・ジム』(筑摩書房)1902 Youth 『青春』(新潮文庫)1902 Heart of Darkness 『闇の奥』(岩波文庫)1902 Typhoon 『台風』(新潮文庫)1904 Nostromo 『ノストロモ』(筑摩書房)1907 The Secret Agent 『密偵』(河出書房)1911 Under Western Eyes 『西欧の眼の下に』(集英社)1915 Victory 『勝利』(中央公論社)1917 The Shadow-Line 『陰影線』(中央公論社)(2)ジョーゼフ・コンラッドの生涯 コンラッドは1857年、当時ロシアの治政下にあったポーランドの由緒ある家柄に生まれた。彼の父は祖国独立の謀議に参加していたとの理由で北ロシアに流刑され、幼いコンラッドも父に同行したが、両親は次々に亡くなり、11歳で孤児になってしまった。17歳でマルセーユに出てフランス船に乗り組み、20歳あまりではじめて英国に行き、やがて英国船長の資格も取り、20代の終わりには英国に帰化した。彼の船員生活は35歳までの20年間続いたが、その間にアフリカ奥地のコンゴ河の上流まで行っている。コンラッドの作品の素材になったのはこの船乗り時代の経験である。その後健康を害したこともあり、作家に転じた。 『ナーシサス号の黒人』、『青春』、『台風』などの作品で海洋小説作家という印象を持たれているが、『ノストロモ』、『密偵』、『西欧の眼の下で』のような政治小説が後に評価されるようになってきた。しかし、このところ「ポスト・コロニアリズム批評」などの影響もあり、彼の作品の帝国主義的側面に関心が向けられている。『闇の奥』はその焦点となる作品である。作品の大筋は実体験に基づいている。コンラッドは「コンゴ上流開拓会社」の汽船の船長になった。開発というと聞こえはいいが、実態は原住民から象牙を搾取している会社だったようだ。そこの奥地代理人のクラインというフランス人が重病になったので、コンラッドは遠征隊とともにコンゴ河をさかのぼってその男を引き取って来たのである。初めてアフリカの奥地を見たコンラッドは、孤独がもたらす人間性の荒廃と白人による搾取のすさまじさを見て人間性の深淵をのぞいた思いがする。(3)『闇の奥』の世界 フランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(1979年)の下敷きになった作品として知られる。もっとも、映画の方はベトナム戦争が舞台になっているが、小説の方はコンゴが舞台である。映画はカーツ大佐を探す旅だが、小説は貿易商人クルツを探す旅である(ただし、カーツもクルツも元のつづりは同じKurtz で、日本語表記が違っているだけである)。一方はアメリカ帝国主義の野蛮さと退廃を描くが、他方はアフリカ大陸と大英帝国の闇を探る。川を船でさかのぼって奥地の闇へと入り込んで行く展開、そしてどちらの主人公も最後に「恐怖」とつぶやくのは同じである。 『闇の奥』はロンドンのテムズ川で始まる。物語全体の枠組みは、『青春』や『ロード・ジム』にも出てくるマーロウという語り手が、同じ船に乗り合わせた他の乗客に語って聞かせた話という設定になっている。話にこれと行った筋の構成はなく、単にマーロウがクルツという男を救出するまでに出会ったエピソードやマーロウの想念や考察が連なっているだけである。マーロウは象牙を輸出する会社に雇われ、その一番奥地の出張所主任クルツという男を救出する任務を申し付けられる。彼はとにかく優れた能力をもった人物らしいが、病気らしい。クルツを探す旅で出会ったものは何とも重苦しく、危険で、強欲で、野蛮で、荒廃した世界だった。原始林、生い茂った草むら、ざわつく木の葉、欲望まる出しの白人たち、崩れかかった小屋、獣のほえ声、現地人(訳では土人)の不気味な姿と恐ろしい叫び声、転がっている死体、杭に刺さった首、悲鳴のような船の汽笛、そして暗闇。 マーロウたちは沈没船を引き上げて修理し、のろのろと河をさかのぼって行く。途中でクルツの話を聞くうちに、マーロウはある道徳的信念を持ってやってきたというクルツにしだいに引かれて行く。クルツは象牙に引きつけられてしまったようだ。一旦象牙を運んで河を下り始めたのだが、途中でまた引き返すと言い出した。「突如として本部に背き、交代になることを拒み、そしておそらくは家郷の思い出にさえ背いて、あの荒野の奥地、荒涼たる無人の出張所に」戻ってしまったのだ。マーロウはクルツに会うが、すぐにクルツは死んでしまう。最後に残した言葉は「恐怖」(訳では「地獄」)である。やがてフランスに戻ったマーロウはクルツの婚約者と会い、彼の遺品を渡す。(4)作品からの引用 (岩波文庫版より)<帝国主義にかかわる部分> 冒険家、移住者、王室の所有船、取引所商人の船、船長、提督、東洋貿易の「もぐり商人」、東インド商会艦隊の新「将軍」たち――彼らはすべて船出して行ったのだ。黄金を求め、名声に憧れて、あるものは剣を、あるものは松明を携えて、すべてこの流れ[注:テムズ川]を下って行ったのだ。奥地に対する力の使者、聖火を伝える光の使者。...人類の夢、英連邦の胚種、そして帝国の萌芽!(8) 彼ら[征服者]の勝利は、ただ相手の弱さからくる偶然、それだけの話にすぎないのだ。ただ獲物のゆえに獲物を奪ったにすぎない。暴力による略奪であり、凶悪きわまる大規模な殺戮だ。そして奴らは、ただまっしぐらに、盲滅法それに飛び込んで行った――それでこそ暗黒と格闘するものにふさわしいのだ。この地上の征服とは何だ。たいていの場合、それは単に皮膚の色の異なった人間、僕らよりも多少低い鼻をしただけの人間から、むりに勝利を奪い取ることなんだ。よく見れば汚いことに決まっている。だが、それを償ってあまりあるものは、ただ観念だけだ。征服の背後にある一つの観念。...われわれがそれを仰ぎ、その前にひれ伏し、進んでいけにえを捧げる、そうしたある観念なんだ。(12) 僕は子供の時分から、大変な地図気違いだった。その頃はまだこの地球上に、空白がいくらでもあった。...なるほど、その頃はもう空白ではなかった。僕の子供時分から見れば、すでに河や、湖や、さまざまな地名が書き込まれていた。もう楽しい神秘に充ちた空白ではなかった...すでに暗黒地帯になってしまっていたのだ。だが、その中に一つ、地図にも著しく、一段と目立つ大きな河があった。たとえていえば、とぐろを解いた大蛇にも似て、頭は深く海に入り、胴体は遠く広大な大陸に曲線を描いて横たわっている。そして尻尾は遥かに奥地の底に姿を消しているのだ。(14-5)[マーロウの伯母に別れのあいさつをしにいった時] なにしろその頃は、そうしたばかばかしい話が、いくらでも印刷になり、口の端にも上っていたので、このお偉い伯母ごなども、すっかりそうしたたわごとの波にもまれて、足元をさらわれていた形だった。言い草がいいねえ、「無知蒙昧な土民大衆を、その恐るべき生活状態から救い出す」とおっしゃったからねえ。(23-4) 奴[クルツ]に言わせるとですねえ、出張所というものは、すべて将来の発展のために、いわば街道の灯台のようなものにならなくちゃいけない。商売の中心というだけじゃなくね、進んで文明、進歩、教化の中心にならなくちゃいけない、とそう言うんですよ。(65) 捕らえられて繋がれた怪物を見ることには、僕らは慣れている。だが、ここでは解放された自由な怪物を見ることができるのだ。...彼らもまた人間だという――そのことこそが最悪の疑念だった。疑念はいつも徐々として頭を占める。彼らは唸り、飛び上がり、旋回し、そして凄まじい形相をする。――だが、僕らのもっとも愕然となるのは――僕らと同様――彼らもまた人間だということ、そして僕ら自身と、あの狂暴な叫びとの間には、遥かながらもはっきり血縁があるということを考えた時だった。(73) [マーロウたちが乗っている船の船員である黒人の頭が岸にいる「土人」たちを見て] 彼は「引っ捕らえろ、引っ捕らえろ。そいでおいらにくれよ、ね」と吐き出すように叫んだ。「君らに?いったいどうするというんだ、それを?」と、僕は聞き返した。「食べるだね」と、彼はズバリと答えた。(82-3)[クルツが国際蛮習防止協会向けに書いた報告書] 冒頭まず僕ら白人が、現在到達している文明の高さから考えて、「彼ら(蛮人)の眼に超自然的存在として映るのはやむをえない、――我々はあたかも神の如き力をもって彼らに接するのである」云々...(102-3) 果たして僕らが彼をたずねて行くために失ったあの生命に値したか、そこまで断言するつもりはない。むしろ僕は、死んだ舵手のことをどれだけ悲しんだかしれない... 多分諸君は、わからないと言うだろう、サハラ砂漠の砂一粒ほどの値もない蛮人一人の生命だ、それをそんなに悲しむなどとはね。だが、いいかね、あれでもとにかくすることはしたんだ、ちゃんと舵は取ってくれたんだからねえ。(104)<クルツに関する部分> 問題は、彼が恵まれた天才で、しかもその才能中にも最も著しいもの、いいかえれば彼の本質とでもいった感を与えたものは、彼の話術の才、彼の言葉――人々を幻惑し、啓蒙し、時には最も高邁な才能でもあれば、時にはまた最も下劣な天分でもあるもの、いわば人跡を許さぬ暗黒の奥地から流れ出る光の鼓動か、でなければ欺瞞の流れともいうべき表現能力だった。(96-7)生身のクルツは半分イギリスで教育を受けた、そして――彼自身そう言ってくれたが――もともとは憐れみ深い人間だったらしい。母親は混血のイギリス人であり、父親も同じく混血のフランス人だった。いわばヨーロッパ全体が集まって彼を作り上げていたといってよい。(102) 「いったいなにをしてるんだね?探検かね?それとも...」「もちろんそうですとも」と彼[奥地に住むロシア人]は答えた。それによると、彼はおびただしい村落や、それに湖水まで一つ発見したということだ...だが、もちろんたいていは象牙集めのためだったことはいうまでもない。...「じゃ、露骨に言ってしまえば、略奪だね?」と僕は言った。彼はうなずいた。...「じゃ、その部落民もクルツの手下だったんだね?」...「だって土人たちは、あの人を神様のように思っていたんですからね」と答えた。(115ー6) 実際その後支配人は、クルツのやり方がこの地域を荒廃させてしまったのだと言った。...言えることは、クルツという男が、いろいろ彼の欲望を充たす上において、自制心というものを欠いていたこと、つまり、彼の中にはなにか足りないものがあった...荒野はすでに早くからそれを見抜いていた、そして彼の馬鹿げた侵入に対して、恐ろしい復讐を下していたのだった。(120) あの荒野の呪縛を、僕は破ってしまいたかったのだ。思うに、ただこの呪縛のみが、彼を駆り立ててあの森の奥へ、ジャングルへ、そしてあの篝火の炎、太鼓の鼓動、妖気迫る呪文の唱和の方へと走らせるのにちかいない。この呪縛のみが、不逞な彼の魂を欺いて、人間に許された野心のらちを踏み越えさせるのに違いない。(137) ただ彼の魂は常軌を逸していた。たった一人荒野に住んで、ただ自己の魂ばかり見つめているうちに、ああ、ついに常軌を逸してしまったのだった。...彼もまた彼自身と闘っていたのだ。...その魂自身を相手に盲目的な格闘をつづけているという魂の不可思議きわまる秘密を目の当たりにした。(138-9) 一口でいえば、きびしい完全な絶望の表情を見てとった。...彼は低い声で叫んだ――二度叫んだ。...「地獄だ(horror)!地獄だ!」(144) マーロウの話は終わった。...沖合の空は黒雲が層々と積み重なり、世界の最果てにまでつづく静かな河の流れが、一面の雲空の下を黒々と流れ--末は遠く巨大な奥までつづいているように思えた。(162)(5)『闇の奥』と帝国主義 有名なコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズにもインド、オーストラリア、アフリカ、中南米などが言及されるが、ドイルにとってそれらの地域は犯罪の供給源であり、猛毒や蛮人などのイメージと結び付いて語られるのである。例えば、「まだらの紐」の犯人はインド産の毒蛇を使って殺人を犯すのである。また、『ジェーン・エア』に登場するロチェスターの狂った妻バーサが西インド諸島のジャマイカ出身であることを思い出してもよい。 『闇の奥』はコンラッドが実際に体験したアフリカを描いたものだとよく言われる。またベルギーのコンゴ支配に対する暴露と告発の書であるとよく指摘される。しかし、正木恒夫の『植民地幻想』(みすず書房、1995年)によれば、コンゴ河流域はみすぼらしい出張所だけが点々とあるのではなく、実際には軍隊の駐屯所や伝導所、病院、警察、監獄などもあったという。ではなぜコンラッドはあのような描き方をしたのか。正木恒夫はこう説明する。 流域開発の過小評価は、裏返せば、「未開」の強調にほかならないということである。そしてこの未開への憧れと反発、魅力と恐怖という両義的な感情こそ、『闇の奥』を支配する情念なのであった。(209) マーロウ(コンラッド)は自ら描き出した「原始」の像を、半ば恐れ半ば賛美する。その限りにおいて、『闇の奥』は、ヨーロッパ精神史を貫流する例の「気高き野蛮人」ないし「原始礼讚(primitivisum)」の伝統の中に位置づけることのできる作品である。(212) スタンレーの「暗黒」大陸とコンラッドの「闇」の奥。二人にとってアフリカは、闇のとばりに閉ざされている必要があった。この闇の領域は、スタンレーにはヨーロッパ文明の「光」を呼び込む口実を、コンラッドにはヨーロッパ的自我内面の闇を投射すべき格好の場所を、それぞれ与えてくれる。地図に残された最後の空白地帯アフリカの、その空白がスタンレーの探検によって埋められたまさにその瞬間、そこが「暗黒大陸」と呼ばれはじめる奇妙さは、これら二人の人物が体現するヨーロッパの必要をぬきにしては説明のつかないものだ。ようやく見えはじめたアフリカを、ヨーロッパは闇の奥に沈めてしまったのである。(218) つまり、『闇の奥』に描かれたアフリカは、ヨーロッパ人に都合がいいように改変されたアフリカだったと言うのだ。結局コンラッドの帝国主義/植民地主義批判は徹底したものとは呼べない。彼の意識の下に人種差別が潜んでいるからだ。彼の関心はむしろアフリカの原始社会の「闇の力の強さ」や「荒野の呪縛」といった不可解な力へと向けられている。これとクルツ自身の「象牙への欲望」が結び付いてクルツを破滅させたのである。クルツは「俺には大きな計画があったんだ」というが、結局それが何であったかは分からない。神秘的な「闇の力」が文明人とその欲望を飲み込んでいったわけだが、その「闇の力」とはマーロウやコンラッド自身あるいはヨーロッパ人の意識の中にある、「暗黒」や原始的野蛮さ、あるいはその裏返しの原始的生命力に対する恐怖と畏怖が象徴されたものかも知れない。アフリカの深い闇の中にコンラッド自身も半分飲み込まれていたのではないか。【おまけ:ジョージ・オーウェル「象を撃つ」】 ビルマ時代のオーウェルは普通の警察官であった。その経験を基に書かれた「象を撃つ」という短編の内容は単純である。 ある日駐在所にいた主人公に一頭の家畜の象が暴れているとの知らせがあり、彼は駆けつけるが現場に来てみると、象はすでに発作が治まり、もう後は持ち主が戻るのを待っていればいい状態だった。しかしふと振り向くと、二千もの「黄色い顔の群れ」が、最新式のライフルを肩にした彼を遠巻きにして見守っていることに気がつく。彼らは主人公が象を撃つのを期待している。このまま引き上げれば彼は彼らに馬鹿にされる。しかし馬鹿にされることはできない。本人は象を撃ちたくはなかったのだが、群衆に押されるようにして、結局彼は象を撃つ。 つまり「東洋にいるすべての白人の生活は、笑われまいとする苦闘の連続なので」あり、「白人たる者は『土民たち』の前ではおじけづいてはならない」、ゆえに彼は「馬鹿に見られたくないというだけの理由で」象を撃ったのである。この出来事を通じて彼は支配するものの「空しさ」と「虚ろさ」を発見する。「その出来事のおかげで私は、帝国主義の本性――専制政府を動かしている真の動機――を、これまで以上にはっきりと見定めることができた」のである。ではその「帝国主義の本性」とは何か。それは「白人が暴君と化すとき、彼は自らの自由を破壊するのだ」ということである。こうしてオーウェルは「象を撃つ」を通して「威張るものが腐る」という真理を発見したのである。オーウェルはいわば内部告発の力でもって、帝国意識を「威張るものが腐る」という視点から痛みを込めて書いたのである。  <追記> 「イギリス小説を読む」シリーズは20年前(まだブログを始める前)に入門者向けに書いた記事です。ブログには『土曜の夜と日曜の朝』まで9本載せていました。しかしフォルダーの奥深くまで分け入って昔書いた記事を探っていたら、まだブログに載せていない記事がいくつかありました。その中から『大いなる遺産』と『日陰者ジュード』という大物2本を掲載しましたが、もう1本『闇の奥』を載せることにしました。古い記事はこれで打ち止めです。   「海の上のピアニスト」(1999)ジュゼッペ・トルナトーレ監督、イタリア・アメリカ 「タッチ・オブ・スパイス」(2003)タソス・ブルメティス監督、ギリシャ・トルコ 「フィッシャーマンズ・ソング」(2019)クリス・フォギン監督、イギリス △「アンタッチャブル」(1987)ブライアン・デ・パルマ監督、アメリカ △「裸の町」(1948)ジュールス・ダッシン監督、アメリカ △「らせん階段」(1945)ロバート・シオドマク監督、アメリカ △「暗殺」(1964)篠田正浩監督、日本 △「箱根風雲録」(1952)山本薩夫監督、日本 「ションヤンの酒家」(2002)フォ・ジェンチイ監督、中国 「パブリック 図書館の奇跡」(2018)エミリオ・エステヴェス監督、アメリカ 「鵞鳥湖の夜」(2019)ディアオ・イーナン監督、中国・フランス 「ウルフウォーカー」(2020)トム・ムーア、ロス・スチュワート監督、アイルランド・他 「マーティン・エデン」(2019)ピエトロ・マルチェッロ監督、伊・仏・独 「僕は猟師になった」(2020)川原愛子監督、日本 「祈りの幕が下りる時」(2017)福澤克雄監督、日本 「ジェネラル・ルージュの凱旋」(2009)中村義洋監督、日本 「マーニー」(1964)アルフレッド・ヒッチコック監督、アメリカ  主演男優 5 ティム・ロス「海の上のピアニスト」 エミリオ・エステヴェス「パブリック 図書館の奇跡」 ダニエル・メイズ「フィッシャーマンズ・ソング」 丹波哲郎「暗殺」 河原崎長十郎「箱根風雲録」 4 ケヴィン・コスナー「アンタッチャブル」 ジョージ・コラフェイス「タッチ・オブ・スパイス」 バリー・フィッツジェラルド「裸の町」主演女優 5 タオ・ホン「ションヤンの酒家」助演男優 5 ジェームズ・ピュアフォイ「フィッシャーマンズ・ソング」 ショーン・コネリー「アンタッチャブル」 4 ロバート・デ・ニーロ「アンタッチャブル」 デヴィッド・ヘイマン「フィッシャーマンズ・ソング」 ジェフリー・ライト「パブリック 図書館の奇跡」 マイケル・K・ウィリアムズ「パブリック 図書館の奇跡」 佐田啓二「暗殺」 堺雅人「ジェネラル・ルージュの凱旋」助演女優 5 エセル・バリモア「らせん階段」 4 山田五十鈴「箱根風雲録」 タペンス・ミドルトン「フィッシャーマンズ・ソング」 バサク・コクルカヤ「タッチ・オブ・スパイス」  11月20日に漫画家の矢口高雄氏が亡くなった。大好きな漫画家の一人だったので残念でならない。冥福を祈ります。 おそらく彼の作品に最初に振れたのは「釣りキチ三平」だろう。中学生の頃から読んでいたような気がしていたが、調べてみると驚いたことに『週刊少年マガジン』に連載されたのは1973年から1983年までの10年間だった。1973年は僕が大学に入学した年だ。そんな後だったか!いやはや記憶とはあいまいなものである。したがって「釣りキチ三平」をよく読んでいたのは大学生時代と言うことになるが、長い間それ以外の作品は読んだことがなかったと思う。 「ゴブリンのこれがおすすめ 48 漫画」でも書いたが、彼を「再発見」したのは上田に来てからである。講談社文庫に入っている「蛍雪時代」を読んだことがきっかけだった。これは彼を代表する傑作のひとつで、夢中になって読んだものだ。後に文庫版では小さくて見ずらいのでハードカバーの大きい版(講談社コミックス)を買ったほどである。 その後はコレクターの性で見つけ次第買いあさった。どの作品も水準が高く、今まで駄作だと思ったものは一つもない。それでも何とか無理をして代表作を10本(シリーズ)挙げるとすれば次のようになるだろうか。「釣りキチ三平」&「平成版釣りキチ三平」「蛍雪時代」「ふるさと」「マタギ」「ボクの学校は山と川」「又鬼の命」「ニッポン博物誌」「おらが村」「幻の怪蛇バチヘビ」「9で割れ!!」 この中で2つだけ触れたい。矢口高雄氏は漫画家になる前は銀行員だった。その銀行員時代を描いたのが「9で割れ!!」(講談社漫画文庫)である。不思議なタイトルだが、これは毎日その日の取引結果を集計するわけだが、たまに収支が合わないことがあると飛び交う言葉だという。逆に一発で計算が合った時は「一算」というそうな。この場合は早く帰れるので、みんな喜んで一杯やって帰るという。ではなんで計算が合わないときに9で割ると良いのか。まだコンピューターが普及する前の時代、すべては手計算である。人のやる事だから当然間違いもある。例えば1万5千円の支払いを求めてきた客に間違って15万円支払ってしまった場合。差額の13万5千円を9で割ると1万5千円になる。これで桁を間違えていたこと、つまり10倍の額を支払っていたことがたちどころに判明するというわけだ。 まあこんな単純なミスなら9で割らなくてもすぐに分かりそうなことだが、ある時299万9千700円の不足が出たという例が挙げられている。これを9で割ると333,300円になる。このように循環数が出た場合、その数だけ桁違いをしていることになるそうである。つまりこの場合300円と300万円の4桁の間違いをしていたと言うことになる。当時小切手の金額を書く欄は縦書きで、漢数字を使っていたので(金参百圓というように)、癖の強い字を書く人の場合相当読みにくかったらしい。それでこんな考えられないような間違いが起こることがあるらしい。それにしても額面300円の小切手を出して300万円を受け取り、素知らぬ顔をして出てゆくというのも相当面の皮が厚い。 実は弟が元銀行員なのでこの「9で割る」というのを知っているかと聞いたら、聞いたことがないと言っていた(小椋佳なら知っているだろうか?)。さすがに今の時代はこんなことはしないらしい。矢口高雄が銀行に勤めていたのは50年代終わりから60年代にかけてだから、銀行の様子も半沢直樹の世界とはだいぶ違ってのんびりしたものだ。もちろん暇さえあれば釣りに行っている場面もたくさん描かれている。地方都市ののどかな生活と風情も良く描かれていて、あまり知られてはいないが見かけたらぜひ読んでみてほしい。 もう一つ取り上げたいのは「平成版釣りキチ三平」(KCデラックス)。おそらくこれが最後の作品集だと思う。単行本になって出版されるのが待ち遠しかった。この作品を取り上げたのは司馬遼太郎の『菜の花の沖』との関連が気になるからである。「平成版釣りキチ三平」の最後の辺りはこの『菜の花の沖』の翻案になっている。『菜の花の沖』は傑作で、高田屋嘉兵衛という江戸時代に実在したとんでもない偉人を主人公にした歴史小説である。とにかく並外れてスケールの大きい人物で、廻船商人として成功し、後にゴローニンに拿捕されてロシアに抑留される。しかしたちまちロシア語を覚え、ゴローニンと親しくなり、日露交渉の間に立ってゴローニン事件として有名になった事件を解決に導いたのである。 『竜馬がゆく』に匹敵する面白さで、夢中になって読んだものだ。おそらく矢口高雄も同じようにこの小説(あるいは高田屋嘉兵衛という人物)に魅せられてしまったのだ。この小説を「釣りキチ三平」に取り込もうとしたのである。なんとあの谷地坊主が高田屋嘉兵衛の子孫という設定になっている。これにはびっくりした。もちろん原作があれだけ面白いのだから、漫画の方も面白くないはずがない。読んでいて矢口高雄のただならぬ入れ込みようが伝わってきた。取りつかれたように描き続けた。「平成版釣りキチ三平」のカムチャッカ編は第11巻で終わり、その後12巻まで出るが、それが最後となっている。 「平成版釣りキチ三平」が気になるのは、この高田屋嘉兵衛に取りつかれて矢口高雄は燃え尽きてしまったのではないかと感じたからだ。「平成版釣りキチ三平」の新刊が出るのをずっと待ち望んでいたが、結局出ないまま亡くなってしまった。オリジナルのストーリーではなく、実在の人物、あるいはその人物を主人公にした小説を下敷きにしたため、彼の想像力がすり減ってしまったのではないか。そんな感じがして何となくすっきりしなかった。しかし今振り返って考えてみると、もう体力的に限界だったのかも知れないというように思えてきた。自分でもそれが分かっていて、だから最後の力を振り絞って高田屋嘉兵衛という類まれな人物を描く大作に最後に取り組んだのではないか。今はそんな気がしてならない。合掌。<追記> 秋田魁新報社から矢口高雄編『マンガ万歳―画業50年への軌跡』(1300円)が出ました。聞き書きシリーズとして『秋田魁新報』に連載された記事を加筆・修正したもので、画業50周年の記念版として書籍化されました。漫画家として成功するまでを語っています。   【新作映画】公開日11月13日 「プラスチックの海」(クレイグ・リーソン監督、イギリス・香港)11月20日 「ホモ・サピエンスの涙」(ロイ・アンダーソン監督、スウェーデン・独・ノルウェー) 「エイブのキッチンストーリー」(フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督、米・ブラジル) 「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」(バイ・シュエ監督、中国) 「家なき子 希望の歌声」(アントワーヌ・ブロシエ監督、フランス)11月27日 「ヒトラーに盗られたうさぎ」(カロリーヌ・リンク監督、ドイツ) 「君の誕生日」(イ・ジョンオン監督、韓国) 「アーニャは、きっと来る」(ベン・クックソン監督、イギリス・ベルギー) 「アンダードッグ 前編/後編」(武正晴監督、日本) 「君は彼方」(瀬名快伸監督、日本)11月28日 「バクラウ 地図から消された村」(クレーベル・メンドンサ・フィーリョ、他、監督、ブラジル・仏)12月4日 「ミセス・ノイズィ」(天野千尋監督、日本) 「魔女がいっぱい」(ロバート・ゼメキス監督、アメリカ) 「ベター・ウォッチ・アウト クリスマスの侵略者」(クリス・ベコパー監督、米・豪) 「燃ゆる女の肖像」(セリーヌ・シアマ監督、フランス) 「100日間のシンプルライフ」(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ監督、ドイツ)12月10日 「今際の国のアリス」(佐藤信介監督、日本)12月11日 「新解釈・三國志」(福田雄一監督、日本) 「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」(ニーシャ・ガナトラ監督、アメリカ) 「パリのどこかで、あなたと」(セドリック・クラピッシュ監督、フランス) 「ハッピー・オールド・イヤー」(ナワポン・タムロンラタナリット監督、タイ) 「天外者」(田中三敏監督、日本) 「ニューヨーク 親切なロシア料理店」(ロネ・シェルフィグ監督、デンマーク・カナダ・他)12月18日 「声優夫婦の甘くない生活」(エフゲニー・ルーマン監督、イスラエル) 「また、あなたとブッククラブで」(ビル・ホルダーマン監督、アメリカ) 「クローゼット」(キム・グァンビン監督、韓国) 「私をくいとめて」(大九明子監督、日本)12月25日 「FUNAN フナン」(ドゥニ・ドー監督、仏・ベルギー・カンボジア・ルクセンブルク)【新作DVD・BD】レンタル開始日11月27日 「CURE」(黒沢清監督、日本)12月2日 「イップ・マン 完結」(ウィルソン・イップ監督、香港) 「お名前はアドルフ?」(セーンケ・ヴォルトマン監督、ドイツ) 「きっと・またあえる」(ニテーシュ・ティワーリー監督、インド) 「権力に告ぐ」(チョン・ジヨン監督、韓国) 「コリーニ事件」(マルコ・クロイツパイントナー監督、ドイツ) 「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」(テリー・ギリアム監督、英・仏・スペイン・ベルギー・他) 「やっぱり契約破棄していいですか!?」(トム・エドモンズ監督、イギリス) 「ルース・エドガー」(ジュリアス・オナー監督、アメリカ) 「レイニデイ・イン・ニューヨーク」(ウディ・アレン監督、アメリカ) 「水曜日が消えた」(吉野耕平監督、日本) 「ステップ」(飯塚健監督、日本) 「のぼる小寺さん」(古厨智之監督、日本) 「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」(レミ・シャイエ監督、デンマーク) 「パリの恋人たち」(ルイ・ガレル監督、フランス) 「ライド・ライク・ア・ガール」(レイチェル・グリフィス監督、オーストラリア)12月4日 「ディック・ロングはなぜ死んだのか」(ダニエル・シャイナート監督、アメリカ) 「レ・ミゼラブル」(ラジ・リ監督、フランス)12月16日 「音楽」(岩井澤健治監督、日本)12月23日 「クライマーズ」(ダニエル・リー監督、中国) 「グランド・ジャーニー」(ニコラ・ヴァニエ監督、フランス・ノルウェー) 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」(アレクセイ・シドロフ監督、ロシア) 「透明人間」(リー・ワネル監督、米・オーストラリア) 「一度も撃ってません」(阪本順治監督、日本) 「思い、思われ、ふり・ふられ」(三木孝浩監督、日本)12月25日 「その手に触れるまで」(ダルデンヌ兄弟監督、ベルギー・フランス)1月6日 「チア・アップ!」(ザラ・ヘイズ監督、アメリカ) 「盗まれたカラヴァッジョ」(ロベルト・アンドー監督、フランス・イタリア) 「リトル・ジョー」(ジェシカ・ハウスナー監督、オーストリア・英・独)1月8日 「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(アグニェシュカ・ホランド監督、ポーランド・英・他) 「ハニーボーイ」(アルマ・ハレル監督、アメリカ) 「ラ・ヨローナ ~彷徨う女~」(ハイロ・ブスタマンテ監督、グアテマラ)1月15日 「ディヴァイン・フューリー/使者」(キム・ジュファン監督、韓国)1月20日 「カセットテープ・ダイアリーズ」(グリンダ・チャーダ監督、イギリス) 「SKIN / スキン」(ガイ・ナティーヴ監督、アメリカ)【旧作DVD・BD】発売日11月27日 「ダグラス・サークBlu-ray BOX」(54, 56, 57、ダグラス・サーク監督、アメリカ) 収録作品:「「心のともしび」「大空の凱歌」「翼に賭ける命」 「落穂拾い」(2000,2002、アニエス・ヴァルダ監督、フランス)「落穂拾い・二年後」も収録12月2日 「フルメタル・ジャケット」(1987、スタンリー・キューブリック監督、アメリカ) 「ローマの休日」(1953、ウィリアム・ワイラー監督、アメリカ) 「Vフォー・ヴェンデッタ」(2006、ジェームズ・マクティーグ監督、アメリカ)12月16日 「秀子の車掌さん」(1941、成瀬巳喜男監督、日本)12月18日 「赤と黒」(1954、クロード・オータン・ララ監督、フランス) 「穴」(1960、ジャック・ベッケル監督、フランス)12月25日 「金綺泳(キム・ギヨン)傑作選 BOX」(60~90、韓国) 収録作品:「下女」「玄界灘は知っている」「高麗葬」「水女」「火女’82」「死んでもいい経験」1月8日 「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990、ケヴィン・コスナー監督、アメリカ)1月20日 「さびしんぼう」(1985、大林宜彦監督)*色がついているのは特に注目している作品です。   ソ連・ロシア映画 オールタイム傑作選 こちらも「ゴブリンのこれがおすすめ」シリーズの第2回で「ニキータ・ミハルコフ監督、70年代から90年代のソ連・ロシア映画」特集を組んでいますが、やはり長い歴史を持つソ連・ロシア映画だけにその全貌を紹介したいと思って、あえて重複を恐れずオールタイム傑作選を挙げてみました。【長い前書き】 ソ連映画との本格的な出会いは1973年に東京の大学に入学してからだ。入学してすぐ73年4月29日には銀座松坂屋でエイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」、翌30日には「十月」を見ている。それまで自主上映で何度か上映されていただけで、幻の名作といわれて久しかった映画である。このあまりにも有名な作品がたまたまこの年一般の人の前でヴェールを脱いだのである。何という幸運。期待したほどではなかったが、幻の名作を観ることができただけでも田舎出の学生にとっては感涙ものだった。73年5月17日には新宿の紀伊国屋ホールで「イワン雷帝」の特別上映を観ている。これも幻だった映画である。赤を中心にしたカラーの鮮烈な画面が記憶に残っている。 ソ連映画を大量に観たのは翌74年である。74年2月15日に後楽園シネマで「バイカルの夜明け」を観た。当時後楽園で大シベリア博覧会が開かれており、それにあわせて大シベリア博記念特別番組と銘打ち、「ソビエト名作映画月間」として23本のソ連映画が上映されたのである。その頃はソ連映画を観る機会は極めて少なく、これだけ大規模にソ連映画を上映するのはおそらく画期的なことだったと思われる。3日ごとにでプログラムが替わるのだが、春休みに入っていたので最初の3本(「シベリヤ物語」「おかあさん」「大尉の娘」)を除いて全部観た。文字通り平均3日おきに通ったのである。観た作品のタイトルを挙げると、「湖畔にて」、「戦争と平和」、「遠い日の白ロシア駅」、「戦争と貞操」、「大地」、「アジアの嵐」、「戦艦ポチョムキン」、「復活」、「外套」、「貴族の巣」、「人間の運命」、「リア王」、「ハムレット」、「ワーニャ伯父さん」、「罪と罰」、「小さな英雄の詩」、「子犬を連れた貴婦人」、「がんばれかめさん」、「ルカじいさんと苗木」。80年代に三百人劇場などで大規模なソ連映画祭が開催されるようになったが、そこでも取り上げられなかった作品が多く含まれており、DVD化も望めないので貴重な特集だった。今ではかすかに記憶の中に残っているだけだが、特に「湖畔にて」と「遠い日の白ロシア駅」の2本はどうしてももう一度観たいと思っている。 一回に2~3本を上映するのだが、その合間に短編アニメを上映していた。当時のプログラムには載っていないので、作品名も本数も今では分からないのだが、そのレベルの高さに驚いたものである。今のアニメに比べると動きはぎこちないのだが、ウィットに富んだ、独特の世界を作っていた。不確かな記憶ながら、大人が見て楽しむ作品が多かったように思う。宮崎駿が現れるはるか前で、アニメといえばディズニーという時代だっただけに、大人のユーモアがたっぷり盛り込まれたアニメにすっかり感心したのだ。今でも当時のプログラムを観ると、休憩時間に流されていたメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲のメロディーが頭に浮かんでくる。 80年に日経小ホールで「ジプシーは空に消える」と「ナーペト」を見ている。どちらもソ連映画だが、この頃街頭でおじさんに誘われて「ソビエト映画鑑賞会」なる会に入っていて、その例会で観たのである。大手町の日経新聞社のビルの中にある日経小ホールが会場だった。めったに行かない場所だし、普通の映画館ではないので何とも不思議な空間だと感じた。ソ連映画はめったに観る機会がないので貴重な経験だったが、長くは通わずにやめてしまった。 81年の1月31日には千石の三百人劇場で「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」を観ている。三百人劇場初体験である。その後頻繁に通うことになる。特に何回か開催されたソビエト映画特集は実に貴重な特集だった。73年に後楽園シネマで開催された例の「ソビエト名作映画月間」の際に見逃した「シベリヤ物語」を81年の4月に見ている(同時上映はソ連初のカラー映画「石の花」だった)。 84年4月14日、この日三百人劇場で忘れられない映画を観た。当時三百人劇場は4月から5月にかけて「ソビエト映画の全貌」という特集を組んでおり、その一環として上映されたカレン・シャフナザーロフ監督の「ジャズメン」を観たのである。1920年代のオデッサが舞台。主人公はジャズのピアノ弾きである。当時ソ連ではジャズはブルジョア文化の手先とされ、理解されていなかった。それでも主人公はジャズが好きでやめられず、たまたま監獄で知り合ったサキソフォン吹きの男を交えてバンドを結成するが、その男は軍楽隊出身でアドリブが全くできない(汗)。ジャズが好きで好きでしょうがない青年の情熱を描いたさわやかな映画で、特にピアノを弾いているときの彼の笑顔が素晴らしい。好きでたまらないことをやっているときの人間の顔はこれ程輝くものか。忘れられない映画の一つである。そのときの特集では他にアニメ「話の話」を観た。 87年に三百人劇場で開催された「ソビエト映画の全貌'87」も素晴らしかった。三百人劇場は当時毎年のようにソ連映画の特集を組んでいたが、この特集は様々な意味で注目に値する。まず何といっても、これまでめったに見る機会のなかった作品が多数上映プログラムに含まれていた点を評価すべきだろう。ソ連初のSF映画「アエリータ」の様な貴重な作品の発掘は大いに意義のあることだ。しかし、最もうれしかったことは「女狙撃兵マリュートカ」、「鬼戦車T-34」、「処刑の丘」、「思いでの夏休み」等々、名作と言われながらも長らく見る機会を得られなかった作品に出会えたことである。 2点目としては全6期に分けてソビエト映画の様々な側面を一応網羅できるように企画を組んだことが挙げられる。特にタルコフスキーの作品を6本加えたことは、前年の12月に彼が亡くなったこともあってタイムリーであった。それまで空席が目立った客席が、タルコフスキーの作品を上映する日になると、とたんに満員になったのだから、確かに関心は高かった。幾つもの雑誌でタルコフスキー特集が組まれていた最中だけに若いファンにとっては絶好の機会だったろう。彼の遺作となった「サクリファイス」も当時上映中で、しばらくタルコフスキー・ブームが続いていた。 3点目として、作品完成後検閲に引っ掛かり15年もお蔵入りしていたアレクセイ・ゲルマン監督「道中の点検」がこのプログラムの第一弾として公開されたことである。この作品はどうしてこれまで上映禁止になっていたのかと思うほどすぐれた映画である。これだけの作品が15年間も公開されないでいたということは驚くべき事実だ。しかし当時のソ連の一連の動きは映画製作・上映の面にも一大改革をもたらしつつあるようだ。実際この作品がソ連内外で公開されたこと自体、ソ連におけるペレストロイカの影響が芸術の分野にも及んできていることの興味深い一例である。この「道中の点検」や、ウラジーミル・コリドフ監督の「コミッサール」、テンギズ・アブラゼ監督の「懴悔」などはソ連内外で反響を呼びおこした。ソ連にはまだまだ埋もれた名作がありそうだ。 こうしてリストを作ってみると、2000年代が手薄なのがはっきり分かる。ニキータ・ミハルコフ監督以降大監督が出てこない。実際に停滞しているのか、それともすぐれた作品があるにもかかわらず十分なリサーチがされてない、あるいは売れないと踏んで公開やDVD/BDの発売を見合わせているのか、何とも判断が付かない。しかし国際映画祭でも最近ソ連映画の名前を聞かなくなったのは確かだ。それでもこれだけの傑作群を生み出してきた映画大国だ、完全に火が消えてしまったとは思えない。いつかこの休眠状態から目覚めてほしいものだ。 【おすすめソ連・ロシア映画】「アエリータ」(1924) ヤーコフ・プロタザーノフ監督「戦艦ポチョムキン」(1925) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督「母」(1925) フセヴォロド・プドフキン監督「アジアの嵐」(1928) フセヴォロド・プドフキン監督「十月」(1928) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督「全線」(1929) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督「大地」(1930) アレクサンドル・ドブジェンコ監督「人生案内」(1931) ニコライ・エック監督「十月のレーニン」(1937) ミハイル・ロンム監督「アレクサンドル・ネフスキー」(1938) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督「石の花」(1946) アレクサンドル・プトゥシコ監督「イワン雷帝」(1946) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督「シベリヤ物語」(1947) イワン・プイリエフ監督「女狙撃兵マリュートカ」(1956) グリゴーリ・チュフライ監督「ドン・キホーテ」(1957) グリゴーリー・コージンツェフ監督「鶴は翔んでゆく」(1957) ミハイル・カラトーゾフ監督 ※旧邦題「戦争と貞操」「雪の女王」(1957) レフ・アタマーノフ監督「静かなるドン」(1958) セルゲイ・ゲラーシモフ監督「大尉の娘」(1959) ヴラディミール・カプルノフスキー監督「人間の運命」(1959) セルゲイ・ボンダルチュク監督「小犬をつれた貴婦人」(1959) イオシフ・ヘイフィッツ監督「外套」(1959) アレクセイ・バターロフ監督「誓いの休暇」(1960) グリゴーリ・チュフライ監督「復活」(1961) ミハイル・シュヴァイツェル監督「僕の村は戦場だった」(1963) 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